Steve* inc.|後編:10年後、20年後を見据えて、地方からクリエイティブを発信していく
東京と東北を拠点としながら、顧客と共に並走するクリエイティブカンパニー「Steve* inc.(スティーブアスタリスク)」。後編では、代表取締役社長の太田伸志さんに、これまでのブランディング支援の事例をお聞きしました。
クリエイティブは、装飾ではなく「指針」である
―ここからは、実際のブランディング支援の事例などをお聞きしていきます。はじめに、株式会社アダストリアのライフスタイルブランド「LAKOLE(ラコレ)」のブランディング事例で、どのような取り組みをされているのか教えてください。
はい。LAKOLEは、ファッション、グロッサリー、雑貨など、衣・食・住にまつわる商品を取り扱っているブランドなのですが、こちらのブランドフィロソフィーなどのコピー開発や、モデルのキャスティング、現場でのディレクションを含めたシーズンごとのキービジュアルの撮影、店舗のタペストリーデザイン、Webデザインや映像作成など、トータルでのクリエイティブディレクションを6年ほど継続的に担当させていただいています。
―ブランド全体のクリエイティブディレクションと聞くと、どこから手をつけて良いか難しい部分もあると思いますが、初めはどのような感じだったのでしょうか。
今では全国で86店舗を構えるLAKOLEが、まだ数店舗だった時期に、ブランドの良さがもっと浸透するためのリブランディングを実施したいとご相談いただいたのがきっかけでしたが、まず、実施したのがブランド調査です。ブランドに携わる方々が、どのようなことを大切に考えて日々の業務を行なっているのか。ヒアリングを重ねていくことで、LAKOLEだけが持っている個性が見えてくると思ったんです。
その結果として書かせていただいたコピーが「あたりまえを、素敵に。」です。そもそもLAKOLEというブランドは、毎日が素晴らしいという禅の言葉「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」つまり、衣・食・住にまつわる商品をLAKOLEにしていただくことで、あたりまえの日常を少しずつ素敵にしていくことが使命であり、商品開発やブランドイメージなども改めてそこに立ち返ろうというメッセージでもありました。あれから何百人というスタッフが関わるブランドに成長しましたが、ブランドフィロソフィーという形で、みんなが目指す「指針」をつくれたことは、大きかったと思います。
―なるほど。コピーは消費者だけを向いているのではなく、そのブランドに携わる人たちにとっての指針でもあるということですね。
はい、むしろその要素が大きいと思います。商品を提供する側の目的が明確になることで、一つひとつの商品づくりや、お客様への対応方法などが「LAKOLEらしいか」という視点で議論ができるようになります。カメラマンやスタイリストなどとも目的を達成できるかという共通の視点で打ち合わせができるようになり、撮影企画からデザインまで迷いのないオペレーションが可能になる他、経営視点でもLAKOLEというブランドの価値を明確化することで目的を共有しやすくなり、長期戦略が立てやすいというメリットもあります。これは大企業や東京の案件に限らず、これから成長を目指していく東北の企業にも、ぜひ取り入れていきたい考え方です。
―太田さんは、現在、ここ山形拠点のSteve* CREATIVE LOUNGE、東京拠点のSteve* TOKYO OFFICE、そして出身地でありご在住の宮城県丸森町の3拠点を行き来されているそうですね。丸森町では、丸森町公式クリエイティブディレクターに就任されたとお聞きしましたが、どのような取り組みをされているのでしょうか?
丸森町のような自治体で、クリエイティブディレクターを設置する事例自体が珍しく、宮城県では初めてと聞いています。これは、弊社と丸森町とで令和5年に締結した包括連携協定に基づくもので、デザインという観点からも町民の暮らしや町としてのブランド力の向上を目指すために、そもそも「デザインとは」という段階から町役場の職員とともにデザイン思考を継続的に学び、成長、実行していくことを目的としています。
―こちらの取り組みのきっかけを教えてください。
そもそもで言えば、デザインという領域で今と同じように仕事をしていくためには東京に住み続けなければならないと思っていたのですが、コロナ禍での緊急事態宣言中に、しばらく出社せずにリモートで仕事をしていた時、ふと、自分の仕事は、東京にいなくてもできるのではないか、いつか地元の丸森町で暮らしたいと思っていた「いつか」は、今このタイミングなのでは、と思ったんです。自由に住む場所を決められるのであればどこに住みたいかと家族で話し合った結果、故郷である丸森町に引っ越そうと決めました。日々の生活にリアルに向き合いながらこれまでの経験を活かすことで何かしらの貢献が故郷にできるかもしれない、そんな流れからです。
―具体的にどのようなことをされているのでしょうか。
各課からの相談ごとを受け付けてその場で一緒に考える「クリエイティブ相談室」という窓口を設置しました。今日は子育て定住推進課と農林課から、別の日には商工観光課と教育委員会からといった具合に、毎週のように役場内でのお悩みを聞きながら、場合によってはプロジェクト化することで課題解決を目指すというものです。例えば子育て定住推進課からは全力で成長を応援するというメッセージを子どもたちへ伝えたいが、どのように伝えるべきか迷っているという相談をいただきました。けれど、話を聞けば聞くほど、変わって欲しいのは子どもたちではなく、大人たちの意識なのではないかという結論に辿り着いたんです。そこで、「丸森のおとなたちへ」というポスターと広報誌へのメッセージを作成しました。だいぶ、反響があったみたいです。
また、丸森町にとって令和6年は8つの町村が合併して今の町政が始まってから70周年となる節目の年でもあります。そこで、8つの地区が一つとなることの大切さを改めて認識するためのロゴを作成しました。震災や台風、ウイルスや戦争など、いつ何が起きるかわからない時代だからこそ、本当に大切な目的を共有することで次の10年に向けてみんなで挑めると思ったからです。
役場職員への継続的なデザイン思考の研修も行っています。職員の中から約100人ほど参加いただいた皆さんへの基本研修と、そこから若手職員有志約25人に対して、具体的に丸森町の課題を考える実践研修を実施しました。そこで出た最大の課題は、「人口流出」。その理由はなぜかと問い掛けてみると「ショッピングモールがない」「駅から遠い」といった答えが返ってきました。ですが、なぜそう思うようになったのかをさらに掘り下げていくと、それは、「テレビで観たから」「友人から聞いたから」というような、根本的に自分達が考え、感じている課題ではないことが分かりました。
逆に、丸森には、大きな商業施設がないことで、夜は星が圧倒的にキレイに見える、交通渋滞が少ないから、寝ている時にも風の音など自然の心地よさを感じられる、そう考えると、丸森には何もないと感じる人は、「大切な何かに気づいてない」だけなのではないかと。であれば、その「何か」を魅力的に表現して、可視化していくことで、丸森にある大切なことに気づくきっかけとなるのではないかと考えました。その方法のひとつとして、丸森町の公式キャラクターをつくることになったんです。
―それが「丸森町公式キャラクター町民投票」につながっていったのですね。
はい、最終候補に残った2案を、町長を含め職員みんなでどちらにすべきか考えたのですが、どちらも甲乙つけがたく、それなら、町政史上初となる全世代対象の町民投票で決定しようとなりました。保育園や小学校、中学校や高校にも協力してもらい、キャラクターの見た目だけではなく、そこに込められた意図やこれからのまちづくりで目指す方向性についてキャラクターごとの意思を説明した上で、どっちが好き?それはどうして?と聞いて投票してもらいました。丸森町としてどのような価値に力を入れていくべきか。ある意味マニフェストを理解した上で投票するという、選挙においてあたりまえの行為を子どもの頃から学べる機会にもなりました。決定した公式キャラクター「ねこがみとうぐいすP」には、これから様々な場所に登場してもらう予定です。
―最後に、今後の展望を教えてください。
本当に、東北という地域が好きなんです。もちろん丸森町は住んでいるということもあり、もっと力を入れていきたいのですが、仙台市での活動も増やしていきたいです。東北学院大学出身ということもありますし、青春時代を見守ってくれていた仙台への思い入れは人一倍強い自信があります(笑)。さまざまな活動に携わりたいのですが、丸森町での取り組みの横展開ではなく、仙台市でしかできないことをやりたいです。食べ物もお酒も美味しくて、城下町らしい落ち着いた綺麗な街の雰囲気や、ゲームの世界に迷い込んだような横丁文化など、いろいろな魅力がありますが、改めて、これからの未来を見据え、仙台市らしいブランドは何なのか、という10年後、20年後を見据えながらプロジェクト化していきたいです。そして、これまで以上に、仙台・宮城の企業や行政の皆さんに、クリエイティブの価値を身近に感じてもらえるように、活動を広げていきたいです。
前編/後編
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Steve* inc.
https://steveinc.jp/
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太田 伸志(おおた しんじ)さん
Steve* inc. 代表取締役社長
丸森町出身。クリエイティブディレクターとして、サッポロビール、SONY、資生堂、Honda、Canonをはじめ、数々の大手企業のブランディング企画に携わる。また、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学、東北芸術工科大学の講師も歴任するなど大学や研究機関との連携や、仙台市の公民連携検討会の委員を務めるなど街づくりにも力を入れている。
東京・銀座のSteve*TOKYO OFFICEに加え、2023年、東北初の拠点として山形市にSteve*CREATIVE LOUNGEを設立。自身は故郷である宮城県丸森町に移住。
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