【連載】ぼくらは、デザイン論をカウンターで語る。NON DESIGNERS DESIGN RULE 太田伸志|第三回「FULL HOUSE」笹原裕助

仙台で活躍する経営者たちのほとんどが、⾃分のことをデザイナーとは名乗らない。しかし、デザインとは本来、課題解決のためのプロセスだ。そう捉えれば、彼らの仕事や判断の中にある“無意識のルール”は、驚くほどデザインに満ちている。クリエイティブカンパニーSteve* inc.代表で、コーヒーと⽇本酒を愛する太⽥伸志が、⻑年抱いてきた仮説を確かめるために、彼らが経営するお店を訪ねる連載企画。カウンターの向こうにある、デザイナーこそが本当に学ぶべき「名もなきデザイン論」とは。

1982年埼玉県川口市生まれ。東京本郷のFIRE HOUSE、中目黒Golden brownで経験を積み、妻の故郷のある東北でお店を開きたいと2024年、自家製バンズを使用したスマッシュバーガーのお店、FULL HOUSE(フルハウス)を仙台にオープン。 
1977年宮城県丸森町生まれ。東北学院大学経済学部卒。東北と東京を拠点とするクリエイティブカンパニー、Steve* inc.(https://steveinc.jp)代表取締役社長。企業や地域の現場に身を置きながら、プロセスとしてのデザインを実践し続けている。東北芸術工科大学講師。コーヒーソムリエ、唎酒師。
第三回「FULLHOUSE」笹原裕助のデザインルール
好きだから届く。好きだから続く。
店を見れば、その人が見えてくる。
仙台駅のアーケードから少し外れて、南町通りから片平方面へ歩いていく。この辺りが僕は好きだ。雑貨屋、眼鏡屋、ドーナツ屋。大きな商業施設の中を回遊するのとは違って、一軒一軒に、その店をつくった人の気配がある。品揃えや店構えを見れば、どんな人がこの店をやっているのか、なんとなく想像できる。つまり、店主の「好き」が見えるのだ。
僕が10代だった90年代は「好きなもの」に少し距離があった。映画やテレビドラマの中に出てくる街並みや生活を見て、行ったこともない国の暮らしを勝手に想像していた。アメリカのドラマもそうだ。広いリビングとダイニング。デニムに白いスニーカー。放課後に集まるダイナー。ガレージの前のバスケットゴール。それが本当のアメリカだったのかは、今となってはよくわからない。でも、僕は確かに、テレビの向こう側にあるそんな世界に憧れていた。簡単には手に入らないものほど、なぜかずっと好きだった。
通りの一角にレンガが印象的な建物がある。レトロでかわいい看板。比較的新しいのに、なぜか昔からここにあったような気がする。FULL HOUSEというハンバーガー屋だ。扉を開けると、昔テレビの向こうにあったアメリカのどこかへ紛れ込んだような気分になる。僕は仕事柄、店に入るとつい「なぜこうしたんだろう」と考えてしまう。なぜこの色なのか。なぜこの家具なのか。なぜこのロゴなのか。誰をターゲットにして、どのような戦略設計をしたのか。職業病みたいなものだ。ところがFULL HOUSEに入ると、その分析癖があまり働かない。もっと単純に「あぁ、店主は、こういうものが好きなんだろうな」と思う。それで十分な気さえしてくるのだ。
店をデザインするということは、ゼロから何かをつくることではなく、自分がこれまで好きだったものを、少しずつ外側に取り出していく作業なのかもしれない。
目指したのは、アメリカのホームドラマ。
レンガ造りの建物に、明るめの木目と淡いクリーム色。水色やオレンジなど、優しく、少しレトロな色合いの小物が多く、懐かしい記憶を刺激する。一般的にイメージする本格的なアメリカのハンバーガー屋さんと、あまりに異なるインテリアについて、店主の笹原さんに聞いてみた。
「そうなんですよ。本格的なハンバーガーというとどうしても無骨でワイルドな感じが多いんですが、うちはそうしたくなくて」
いつでも帰ってきて安心できる、家のような場所をつくりたかったのだという。なるほど。僕がこのお店に通いたい理由も、たぶんそれだ。最初に惹かれたのも、ハンバーガーそのものより、この店の居心地だった。そういえば、店名の由来はいったいどこから来たのだろう。
「アメリカのホームドラマで『FULL HOUSE』って、知ってます?妻が、ああいういつでも帰ってこられる家みたいな感じがいいよねって。僕は僕でFIRE HOUSEという名前のハンバーガー屋で働いていたこともあり、その“HOUSE”という意味もあります。二人の好きなものが、ちょうど一つの名前になった感じですね」
それを聞いた瞬間、この店に入ったときに感じた「ハンバーガー屋らしくなさ」の理由が、少しわかった気がした。『FULL HOUSE』、懐かしい!思わず大きな声が出た。僕もずっと観ていたドラマだ。毎回のように家族のトラブルが起きる。だが、最後には必ず心温まるオチが描かれる。そういえば同じ頃、僕は『ビバリーヒルズ高校白書』にも夢中だった。ブランドンの真っ直ぐさに憧れ、ディランの少し危うい格好よさに惹かれていた。笹原さんと話しているうちに、取材というより、昔からの友人と思い出話をしているような気分になった。あの頃の僕らにとって、テレビの向こうのアメリカは、今よりずっと遠くて眩しかった。若い頃の憧れは消えない。むしろ身体の奥に染み込んでいて、忘れていた頃に、意外なものとつながるのだ。
店名だけではない。この店が駅前から少し離れた場所にあることにも、笹原さんなりの理由があった。
「東京にいた頃、駅から少し離れていても、みんな歩いて店まで行くんですよね。仙台は歩いている人が多いし、この辺りにもいいお店が多い。駅前も考えましたけど、逆に人が多すぎて僕らにはちょっと忙しすぎるかなって」
駅前だから良い立地というわけではない。自分たちがきちんと対応できて、お客さんにもゆっくりしてもらえる場所。その距離感を考えて、この場所を選んだのだという。好きな店まで、少し歩く。考えてみれば僕も、この辺りを歩くのが好きだ。店内にその人らしさが表れるように、店の場所にも、すでにその人の考え方は表れているのだ。
美味しかったからという理由だけで。
店主の笹原さんは、埼玉県川口市で生まれ育った。若い頃から洋服が好きだったという。地元に好きな洋服屋があって、何度も通い続け、その店主からファッションだけではなく、音楽や映画などのカルチャーについても教えてもらったという。
「何度も通って徐々に認めてもらえるようになってからは、服のことだけではなく、生き方についても教えられましたね。とにかく、もっと手に職をつけられるように頑張れることを見つけろと」
その言葉が頭に残り、飲食店で働いてみながら少しずつ料理を覚えていったのだという。そしてある日、東京の地下鉄で無料配布されている情報誌『メトロミニッツ』を何気なく手に取って開いたら、ハンバーガーショップ特集だったとのこと。
「こんなアメリカみたいな本格的なハンバーガーが東京にあるんだ、と思って。すぐ掲載されていたFIRE HOUSEというお店に食べに行ったんです。もう衝撃でしたね。こんなに美味しいものがあるんだって。それで、ここで働きたいと思ったんです」
僕はこの話が好きだ。これからハンバーガー市場が伸びると予測したわけではない。将来が約束されたわけでもない。ただ、すごいと思った。だから、自分もそちらへ行った。人生を変える出会いとは、案外そんなものなのかもしれない。
好きなものを伝えるための、工夫。
そもそもの話だが、FULL HOUSEのハンバーガーはとてつもなく美味い。特徴的なのはそのメニュー構成。「STANDARD」と「OLD SCHOOL」という二つのカテゴリーに分かれている理由を聞いてみた。
「“STANDARD”はレタスやトマトが入った、みなさんがイメージするハンバーガーですね。“OLD SCHOOL”はもっとシンプルで、肉と炒めた玉ねぎが中心です。東北では珍しいかもしれないですけど、僕がこのタイプを好きだったので、絶対メニューに入れたかったんですよ」
また「好き」が出てきた。FULL HOUSEは、生の肉を鉄板に押し付けて焼き、表面をカリッと仕上げるスマッシュスタイル。そんな肉そのものの旨味と、トロトロになるまで炒めた玉ねぎの甘さが口の中で融合するOLD SCHOOLは、僕が東京に住んでいた頃に好きだったハンバーガー屋「Golden brown」の味も彷彿とさせる。素直に感想を伝えた。
「そう言っていただけて嬉しいです。実はそのお店も僕は大好きなんです!」
あまりにも「好きだから」が多い笹原さんに、僕は別な角度での質問をしてみた。仙台なら、こういう客層が多い。仙台なら、この味が売れる。そういうことを調べて、そこから商品を考えることはなかったんですか、と。
「仙台だからこれが売れるとか、こういう人が多いからこうしようとか、そういった順番ではあまり考えたことがないですね。まず自分が美味しいと思うもの、自分が食べたいものをつくりたいんです。その上で、どうしたらそれをお客さんにも楽しんでもらえるかを考える感じです」
マーケットを無視しているわけではない。ただ、考える順番が違うのだ。自分の「好き」をそのまま店に置いているわけではない。初めて来た人にも馴染みのあるSTANDARDがあり、自分が本当に食べてほしいOLD SCHOOLがあり、通い続ける人には毎月新しいメニューを用意する。「好き」から始めながら、それをどうすれば人に楽しんでもらえるのかを考える。
自分の「好き」だけを第一に考えて客のことを考えていないこととは、まったく違う。むしろ、自分の考えがはっきりしているからこそ、どこを変えてよくて、どこだけは変えたくないのかがわかる。その間にある工夫こそが、FULL HOUSEのデザインなのだと思う。
自分がわかると、相手のことがわかる。
笹原さんに話を聞いている間、カウンターの内側では奥様である智美(さとみ)さんが嬉しそうに頷いていた。実は、FULL HOUSEのバンズをつくっているのは智美さんだ。
「私も東京でハンバーガー屋さんで働いていたので、二人でハンバーガーをやろうという流れは自然でした。私はバンズを担当しているんですが、肉と一緒に食べたときに完成するパンにしたかったんです。ソースより先に、まずは最小限で、肉とパンのバランスを考えたかったんです」
聞くところによると、笹原さんはテーブルに調味料が置いてあると、いろいろ試したくなるタイプだが、智美さんは逆だという。
「ゆうちゃんはいつも、もうちょっと何か足せないかな、もうワンパンチ欲しいなって。私はどちらかというと逆で、素材そのものが美味しければ、あまり足さなくてもいいんじゃない、というタイプ。掛け合わせるハンバーガーの探究については敵わないですけど、シンプルな味づくりは私の方が得意なのかなと思います」
「僕は足したくなるんですよ」
「私はいらないんじゃない?って言います(笑)」
「結構言われます(笑)」
面白い。足したい夫と、引きたい妻。二人の「好き」は同じではない。だから、一人ではつくれなかった味に辿り着くのだ。
取材中、大学で学生たちと授業で話したことを思い出した。今はSNSを開けば、何かを好きになるより先に、世間の評価が見えてしまうという悩みについて。僕が10代だった90年代には、少なくとも今ほど、他人の評価が自分の感想に入り込んでこなかった。だが、現代社会においては「好きだから好き」を素直に言い合える関係をつくるのは、案外難しい。
時代に負けない店とは。
取材の終盤、笹原さんが窓の外から覗く学校帰りの子どもに手を振っていた。FULL HOUSEをオープンして間もない頃、その子が家族と一緒にお店にやってきて、本当に美味しそうにハンバーガーを食べてくれたらしい。その子は帰り際、奥で肉を焼いていた笹原さんへ向かって「美味しかったです」と伝えたという。
「その時、ここでハンバーガーでやっていけると感じました。その子が大人になって、お父さんになって、自分の子どもを連れてきてくれるくらいまで続けたいですね」
子どもが大人になり、自分の子どもを自分の好きな店に連れてくる。今月でも、今年でもない。一人の子どもが大人になるまで。笹原さんはそんな時間軸を見ているのだ。
「仙台の人は、食べ終わったあと“美味しかったです”って、声をかけてくれることが多いんです。私がレジにいても、わざわざ奥にいる笹原に向かって(笑)。あれは嬉しいですね。ちゃんとつくっている人に伝えようとしてくれるんです」
数字になる前に、こういう声がある。美味い。格好いい。なんか好き。考えてみれば、僕らの人生を大きく動かしてきたものの多くは、最初はそのくらい単純な感覚だった気がする。笹原さんはFIRE HOUSEのハンバーガーを食べて、素直に美味いと思った。そしてそれが仕事になった。若い頃に憧れたアメリカのカルチャーは、20年以上経って仙台の店の名前や空気になった。そして今、FULL HOUSEでハンバーガーを美味しそうに食べている子どもの記憶は、もしかしたら20年後の何かにつながっていく。
人生のどこで役に立つのか。好きになった瞬間には、わからない。たぶん、わからなくていいのだ。役に立つから好きになるのではない。人に評価されるから好きになるのでもない。好きだから、好き。その感覚をちゃんと自分の中に残しておく。いつかそれが、店の名前になり、味になり、空間になって、少しずつ外側に取り出されていく。そして、誰かの思い出になる。
時代に負けない店とは、時代を追い続ける店ではなく、時代が変わっても自分たちの判断の拠り所になる「好き」を持っている店なのだ。
写真:SENCE OF WONDER
インタビュー・⽂:太⽥伸志(Steve* inc.)

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