クリエイターインタビュー前編|佐々瞬(現代美術家)
かつて自分には関係ないと思ってきたものと
意識的に関わっていくこと
大学進学をきっかけに上京した後、アートのあり方を考えた時に自分が長く暮らしてきた仙台について再考するようになった現代美術家の佐々瞬さん。今回はUターン後の制作活動の中でも仙台市青葉区川内にある追廻地区に関する作品や展覧会に関する話題を中心にお話をお聞きしました。
― はじめに、これまでのご経歴や直近の活動について教えてください。
高校卒業後、東京造形大学の絵画専攻領域への進学を機に上京しました。
元々絵を描くことが好きで、高校生の頃は絵を描く仕事がしたいと思っていて。高校生の頃は学校を中退して絵にまつわる仕事をやっていく進路も検討していたのですが、高校の美術講師から美術大学への進学という選択肢を勧めてもらい、進学を決心しました。入学後は、2年次から広いメディア・表現方法を学んで実践するクラスへ進みました。
卒業後も都内で制作活動をしていましたが、2016年に仙台へUターンして少し落ち着いてから作家活動を本格的に再開しました。近年だと2021年に仙台市内のギャラリー「TURN AROUND(タナラン)」にて開催した企画展「公園/ローカルの流儀」や、同年12月から翌年1月まで開催されたせんだいメディアテーク開館20周年展「ナラティブの修復」で青葉区川内の追廻地区に関する作品や記録を展示しました。
― 近年は追廻地区の記録活動や作品制作を続けられているようですが、始めたきっかけやエピソードをお聞きしたいです。
神奈川県横浜市の黄金町エリアマネジメントセンターから個展開催の依頼をいただいたのがきっかけです。その依頼を受けて2015年に開催した「とある発掘とリポート、その準備」ではじめて追廻地区について触れた作品を発表しました。
僕が近現代の追廻の遺物を詰め込んだタイムカプセルを埋め、それが100年後に掘り起こされて見つかる…というストーリーを軸に、未来の日付を含む日記や模型を使いながら、発掘調査をモチーフに展示を行いました。制作にあたっては、追廻で遺構発掘調査をしている方や当時追廻地区に住んでいた方へヒアリングなどを行いました。
― 当時はまだ都内にお住まいで、なおかつ黄金町エリアマネジメントセンターからの依頼だったとのことですが、地元の仙台をテーマにしたんですね。
黄金町で運営されている「黄金町エリアマネジメントセンター」は、まちづくりの手段としてアートが導入された事例と言えます。個展を開催する上で自分自身の作品や活動が、街のあり方を変えていくためのある種の道具となっていく状況は理解しましたが、この時は黄金町におけるアートと行政、地域の歴史に踏み込むには至りませんでした。個展までの制作期間や関わる時間を考えると、それをやってはいけないと思ったからです。結果的に、もっと長い時間をかけて向き合っていける場所として自分が育ってきた土地である仙台のことを考えるための活動を始めようと思い至りました。
― 中でも追廻地区に着目した理由やエピソードなど教えてください。
追廻地区では片倉小十郎の屋敷があった江戸時代の発掘調査は進んでいる一方で、近現代の歴史の価値が掘り下げられていない状態のまま青葉山公園整備事業の計画が進んでいました。戦後、追廻地区には仙台空襲被災者などのために仮設住宅が建設されました。その後、行政側の計画と住民の意思同士、ボタンのかけ違いが続いたんです。戦後以降に軍用地として使われた土地の処理が長期化してしまった場所は日本のあちこちにあり、追廻地区はその一つです。そうした歴史的背景とは別に、自分がかつて違和を感じていた場所にもう一度通ってみようという思いもありました。高校生の頃、通学路で追廻地区のそばを通っていた経験があり、当時からこの場所には独特な空気感を感じていました。草原の中に家がポツポツ立っていて、人の気配も感じにくい不思議な住宅地だなと思っていたんです。
― 経緯を知れば知るほど、気付かされることは多いですね。ちなみに2015年と2021年で複数回にわたり、同じ追廻地区をテーマに作品制作や展示をされていますが、アプローチの変化などはありましたか。
2021年に開催した「ナラティブの修復」では追廻地区の住民が国から家を買った当時の領収書や古い史料、これまでの経緯が分かる年表、インタビュー映像など当時の暮らしの記録を作品の一部としてわかりやすく展示しました。ここではまず、追廻がどんな場所か知ってもらいたかったので。
同年2021年に開催した「公園/ローカルの流儀」では、追廻地区の跡地に作られる公園がどんな場所になって欲しいか考えて作品を制作しました。
作品のひとつとして、石膏でかたどって制作したモルタル製の僕の頭部を土の中へ埋めるというストーリーで、映像作品やインスタレーションを展示しました。ちょうどこの作品の制作時期に地元の中学校時代の同級生と結婚し、地元に感じている過去のしがらみや人間関係などに煩わしさを感じるようになりました。それを考えることが嫌だったので、モヤモヤしている自分の頭をこれからできる公園に埋める、という作品なんです。
大学進学前に仙台に住んでいた頃の自分が、公園で何をしていたか考えていた時、同級生や当時の恋人、サッカー仲間と悩み相談や恋バナをしていたのを思い出しました。公園だけではなく、駐車場やコンビニの前なんかでもそういう時間を過ごしていたことも。それで、自分が悩んでいることを考えたり、他の人に話したり。公園は、あらゆる人に開かれたある種の問題解決の場であるべきだと思いますし、新しい場所もそうなってほしいという願いを込めました。2015年に開催した展覧会と同じで追廻地区をテーマにはしていますが、自分の暮らすまちに公園ができていく時に「こういう場所になって欲しい」という切り口でアプローチしたのがこの展示でした。
他には住宅地模型が乗った空洞の石櫃のような立体作品、発掘調査に関するレポート、公園計画にまつわるワークショップのフライヤーなどを展示しました。
空洞の石櫃も実際に埋めたいという気持ちがあるのですが、実行すると法に抵触してしまいますね(笑)。ここでもタイムカプセルを意識していて、中が空洞の石櫃…現代の表層で失われているものを近世の地層より下に埋めてしまおうというイメージです。それが100年後、見つかったらどうなるんだろう。そんなことを想像する装置としての作品です。
佐々 瞬(ささ・しゅん)
1986年宮城県生まれ。2009年東京造形大学美術学科絵画専攻卒業。身体的な実践によって、過去の出来事を現在のなかに捉えなおすことで、個人や共同体の失われた関係性の再構築をはかる。東日本大震災後は、半壊した宮城県沿岸部・新浜の住宅を借り受け、アーティストや建築家らを招聘するプライベートなレジデンスプログラムなども企画する。近年の主な個展に「公園/ローカルの流儀」(Gallery TURNAROUND、2021年)。参加したグループ展に「ナラティブの修復」(せんだいメディアテーク、2021年)などがある。