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震災とクリエイター② 後編|荒浜のめぐみキッチン (小山田陽さん)

特集「震災とクリエイター」では、東日本大震災という出来事に、さまざまなかたちで関わり続けているクリエイターのみなさんをご紹介するコーナーです。被災地に寄り添い出来事を伝える方、荒浜という土地と向き合い活動する方、クリエイティブに挑むそれぞれの現在地をお伝えします。

「震災」を伝えるチャンネルの種類はたくさんあってもいい。 荒浜に暮らしていた方々への敬意を大切に。

東日本大震災直後、仙台市に移住をした小山田陽さん。建築家・デザイナーであり、荒浜地区の「めぐみ」(農や漁、海や運河、地域文化)を題材にした活動やイベントを行う「荒浜のめぐみキッチン」の共同代表も務めています。建築家・デザイナーとして荒浜、荒浜のめぐみキッチンへどのような意識を向け活動をしているのかお聞きしました。

― 荒浜のめぐみキッチンの共同代表として、生活の近いところに荒浜地区があるかと思いますが、建築家・デザイナーとしても活動を行っているのでしょうか

荒浜に関わりを持った初期の頃、「スケートパークCDP(https://www.facebook.com/CDP.CarpeDiemPark/)」が建築的な視点で見ると面白いなと思って実測調査とヒアリングをしました。建築は設計図があってその通りに作っていくのが一般的な流れですが、CDPはそこに来る人たちが「こんなことしたい」「あんなことしたい」とパークオーナーの貴田さんに相談をして作り上げていく。

「空間が生きものみたいだな」と感じました。
常に変化があり、行くたびに何かが変わっていく。しばらく足を運ばないでいたりするとガラッと変わっているのが面白いですよね。
印象に残っている事のひとつが、ナイターもやりたいという利用者さんが居たから、照明器具をもらってきて自分たちでパークに設置した話です。

そもそもそういうことを許容する器がパークオーナーの貴田さんにあるから成立するわけですが、いろんな視点と価値観の人が集まり、そこから生まれる必要性に合わせて作り上げていく「コミュニティとその空間の在り方」に興味が湧いたんです。

この実測調査とヒアリングから「土地で作られる建築」というタイトルで講座を開いたこともあります。

― 「コミュニティとその空間の在り方」ですか。「朝活」も参加者の方の好きなことや得意なことが生かされており、素敵なコミュニティだなと感じました。

参加してくれる人が「こういう人だから、こういう空間になる」というのを大事にしたいです。参加者によって空間が変わるのはある意味当然ですよね。
「この人がいるからこういう場所になっているんだ」ということを意識して常に更新しながら空間を設えていく。そういった空間づくりを、建築家として空間で表現できたら面白いなと思います。

ただ、実際は難しい。なんでも許容していくとカオスな状態になってしまいますから。
僕個人としてはカオスも好きなんですけどね(笑)。

でも、カオスのようだけど「ある程度緩やかな軸がある」くらいが良いんじゃないかなと。その中で思い思いにやりたいことができていて、それを総体としてみると「ここにしかない」個性と一体感のある空間になっているというのが理想です。

「荒浜のめぐみキッチン」の活動拠点は、荒浜ベース、五橋ベース、深沼ベースの3箇所ありますが、これから10年、20年単位での場所づくりを目指しているので、そういう考えを反映しながら、長く継続できる空間を作れたらいいなと思っています。

運営や仕組み、コミュニティなどのソフトを作ることもデザイン。
また、そのソフトから積み上がるハードをデザインすることもデザイン。
その両方を僕は考えていきたい、作ってみたいと思っています。

― 最初に建物や空間などのハードを作ろうという考えが一般的なのかなと思いますが、小山田さんはソフトから「積み上がってくる」とお考えなのですね。

ハードからソフトも影響を受けるし、ソフトからハードも影響を受けると思っています。そういう関係性の空間作りって意外と難しいんですよ。そういうものを「追求して考えたい・生み出したい」という欲が自分にはあるんだろうなと思います。

荒浜ベースは、参加者それぞれの「必要だから作る」「欲しいから作る」というスタイルを大切にしながら環境を整えています。
こういう機能が欲しいからみんなで作ろう。こんなものがあるから活用しよう、と。
最近では、昔、青葉通に出ていた仙臺屋台を譲っていただく機会がありました。その屋台を修繕して活用する計画をしています。そういうことを重ねていくことが「ここにしかない場所」を生み出していくことにつながっていくのだと思います。

丸い田んぼは、年間を通してメンバーで世話をしながら、田植えや稲刈りなどの米づくりイベントに活用する目的でつくりました。
それをみて朗読会をしてみたいという人が現れ、すると、メンバーに音響・音楽を担当したいという人が現れ、朗読会に添える焚き火体験料理を担当したい人が現れました。僕は建築家として会場構成を担当し開催したのが「賢治と焚き火と丸い田んぼ」という朗読会です。最終的には、僕自身の想像を超える時間と空間になりました。

「荒浜のめぐみキッチン」はプラットフォームなんだという感覚があります。もちろんメンバー内での意見の衝突もありますが、そうやってみんな対話をしながらプロジェクトを成し遂げる。そういったプラットフォームを作っていくこともデザインじゃないかなと思うんです。

― どちらかというと、現在の活動はソフト面でのデザインが強めなのでしょうか?

そうですね……ハードに関してはちょっとした自信があるんです。「これを作ってほしい」というものがあれば、大体なんでも作れるんじゃないかと……。でも、ソフトのデザインスキルが自分には足りないなと気がついたきっかけが東日本大震災だったのかなと。
使う人に対してのハードであるべきだという考えが仙台に来てから強くなっている気がします。

価値観が違う人が一緒にいるからこそ、自分だけでは考えなかったことにたどり着く。荒浜のめぐみキッチンは多様な価値観が交わりながら何かが生まれる場所でありたい。そういった場所を、ソフトのデザインスキルを試行錯誤しながらつくっていきたいですね。

― その中でも特に意識していることはありますか?

参加してくれる人が、素直に、自分らしく居られる場所でありたいなと思っています。
そのためにどんなソフトのデザインが必要なのかを考えて実行していきたいですね。例えば、その人が得意なことや、この場所でやってみたいということは可能な限り応援できる体制を作っていくこと。そういうことが実際の空間(ハード)に影響を与えると思うんですよね。

― これからの活動について思うことはありますか?

深沼ベースがある場所は、かつての荒浜の住宅地です。形が変わっていっても、この場所には人が住んでいて、文化があった場所なんですよね。荒浜に暮らしていた方々への敬意は大事にしていきたいです
仙台市の「集団移転跡地利用事業」でその姿は変わっていくと思いますが、この土地の文脈の上に重なっていくものでありたいと思っています。

そういった考えもあり、荒浜のめぐみキッチンが仙台市からお借りしている土地(集団移転跡地利用事業)では、道や井戸をかつてのまま残してもらっていたりします。

僕がいくつかの震災メモリアル施設整備に携わっているのもありますが、震災を伝えるチャンネルの種類はたくさんあっても良いんじゃないかなと思っています。
遊びに来て楽しかったその記憶の中に震災の存在を少し感じてもらう。それくらいの伝え方があっても良いんじゃないかなと。

取材日:令和2年2月5日

取材・構成:鈴木 杏
写真提供:荒浜のめぐみキッチン

前編 > 後編

荒浜のめぐみキッチン

荒浜の「めぐみ」(農や漁、海や運河、地域文化)を題材にしたさまざまな体験を通じ、土地に根ざした地域文化や自然との向き合い方を楽しみながら学んでほしい。そして、「生きていく力」を養い、人生を豊かにしてほしい。そんな思いで、子どもも大人もみんなで楽しめるプログラムを考えています。

共同代表:

  • 小山田 陽(建築家・デザイナー)
  • 渡邉 智之(農家)

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