オイカワデニム(後編) 地元に寄り添い開発した商品が、再び海を越え世界へ
震災という甚大な出来事を経て、及川社長の事業に対する考え方も大きく変わっていた。自分たちが本当にすべきことは何なのか。SHIROでたどり着いた一つの答えを、本業のジーンズへ展開。地域の廃材利用と世界的な綿不足という2つの課題に挑み、斬新なアイデアで「メカジキジーンズ」を製品化する。地元の素材を使って、地元の漁師が求めたものを、地元の人々の手で。そうして生まれた製品が、今度は地域にいながらにして海外へ届いた。世界への挑戦が再び始まる。
地元に寄り添い開発した商品が、再び海を越え世界へ
−現在も続いているSHIROは、御社にとってどのような取り組みだと考えていますか。
及川 SHIROの売り上げは、気仙沼の漁港や親御さんのいない子どもの施設に寄付させていただいたり、国内外の自然災害地域に義援金として送らせていただいたりしています。ブランドというよりもソーシャルワークに近いですが、弊社はこれを通して職人を育てるし、買っていただく人にも自分のお金がどう活用されているのかを感じ取ってもらえるようなものだと思っています。
震災の大きな揺れは地形も大きく変えましたが、一人一人の考え方にも大きな影響を与えたと思います。僕らは会社にお金の蓄えがそれなりにありましたけども、ガソリン1リッターも入れられなければ、ペットボトルの水1本すら手に入りませんでした。お金って何なのかなと。もちろん大事なものですが、たくさんあるから幸せかと言ったらそういうわけでもなかった。翻って、果たして自分たちが作るものは誰が幸せにできるのかとか、どういう影響を与えられるのかというのをすごく考えるようになりました。
その一つの答えとしてSHIROができたんですが、弊社はバッグ屋さんでも皮屋さんでもなく、社名通りデニムの会社ですので、やっぱり最終的にはジーンズで何かをしたいと思っていました。そんな時、避難所で漁師さんからメカジキの角(吻=ふん)を年間何十トンも捨てているという話を聞きます。その角を実際に見た瞬間、これで服を作ろうとひらめきました。ほら、服が作れそうな感じがしませんか?
−…全くしません。
及川 そうですか(笑) 実は、そう思った背景には原料不足の問題がありました。日本はアパレルの市場製品に関して、綿を100%輸入する国になっています。同時に、ファストファッションがどんどん普及して綿の需要が高まって、世界的に綿が足りなくなっている。綿の供給を需要が上回っていて、日本は綿を100%輸入に頼っているとなれば、われわれはどんなに技術を積んでいこうが、材料が手に入らなくなったときになくなる産業になってしまったんです。
そうした状況を逐一知ることができたのは、弊社が綿自体を世界中から買っていたからです。縫製工場は一般的に生地を仕入れて製品を作りますが、われわれは綿を買って、紡績の方に「この綿はこういう糸にしてください」と、染色の方に「この糸はこういう色にしてください」と伝え、機の方に「縦糸を何本入れて横糸を何本入れて、こういうテンションでこういう生地にしてください」と全部指示して作ってもらっています。
ですので、綿の危機的な状況をリアルタイムで聞いていて、だからこそメカジキの角で糸を作ろうという発想に至りました。初めはみんなに首をかしげられましたが、こうすればできるんじゃないかと話を聞いてもらううちに、日本のさまざまな糸偏(紡績・合繊・織布などの繊維産業)の人たちが参加してくれて、「メカジキジーンズ」が完成しました。
−角を粉末にして固めて糸にするんでしょうか。
及川 綿とのミックスファイバーなんです。綿の一本一本は人間の髪の毛よりも全然細くて、その何百本の集合体が糸になっています。僕らはよく「マカロニ」と言うんですけども、日本の技術をもってすれば、その糸を空洞化させることができる。その芯のところに断面をいびつな形に粉砕したメカジキの角の粉末を入れると、それが繊維に絡んで糸の一部になります。「2層構造糸」というものです。
現在、このジーンズの30%がメカジキの角で形成されていますが、綿100%という扱いになっています。検査で何が入っているかを調べると、綿にはないリン酸カルシウムが大量に出てくるんですが、日本の表記法だと繊維だけを記すので表記上は綿100%なんです。
−タグに「メカジキ30%」なんて書いていたら面白いんですけどね。
及川 そうなんですよね。メカジキが入っていることは別紙で示すことになっています。
オーガニックコットンとメカジキと、せっかく天然素材で形成しているので、ボタンやリベットなど付属品にも一切金属を使っていません。ボタンは一見プラスチックのようですが、全て天然のヤシです。そんなことをする人はいませんが、脱いでその辺に捨てても全部土に返っていくものでできています。オイカワデニムとして、ものづくりが環境に対してどんなことができるのかを提案している商品でもあります。
メカジキの角を仕入れている漁師さんたちも買いに来てくれるようになって、すごくうれしかったんですが、漁師さんたちはボタンフライだと海で手袋をしているので扱いづらいという声がありました。そこでジッパーフライのジーンズを地元の漁師さん向けに作りました。
及川 気仙沼の浜に行くとそれをはいた漁師さんがいますが、この商品は県外では販売していません。どんなに問い合わせが来ても県内だけで売っていたら、ついにスペインの漁師さんが買いに来たりもしました。弊社の取り組みが海外にも届いたんだな、と思いました。
ファストファッションはファストファッションで否定しませんし、必要なものですが、そうではない世界もありますよね。そういうものを確立して、世界に向けて発信するのも僕たちの大事な使命じゃないかなと思っています。
−今後の海外展開については。
及川 ヨーロッパでじわじわ売れていたけど何かが違うように感じていた時に震災が起き、海外展開をいったん止めましたが、やっぱりあそこで止めて良かったなと思います。ブランドというのは構築していくものだと思うので、こうして地元の人たちの声を聞き、地域の資源を使って、地に足を着けて展開していくことができたのは、間違いなく震災がきっかけでした。
本当に自分たちが何をすべきかをあらためて考えて作ったものが、海外に届いた。そこでいま、もう一度、イギリスやロシアに発信することを少しずつ始めているところです。そこで重要になってくるのは、「もの」を光らせる「こと」。いまはインターネットが発達したおかげで、「もの」が生まれた背景や「もの」に込められた思いなど、「こと」の部分をしっかり発信できますよね。
今後は同じような意識を持つ県内で会社さんと一緒になって、メード・イン・ジャパンの「もの」と「こと」を海外に発信できたら面白いなと思っています。
有限会社オイカワデニム
〒988-0325 宮城県気仙沼市本吉町蔵内83-1
TEL:0226-42-3911
mail:o-denim@world.ocn.ne.jp
デニム衣類の企画・製造・販売を手掛け、オリジナルブランド「STUDIO ZERO」「OIKAWA DENIM」「SHIRO 0819」を展開。「本物のデニムは永きにわたり着用し続けることによって初めて完成される」をモットーに、短いサイクルで変わってしまう流行を意識したデニム作りではなく、長いスパンで着用できることを考慮し、クオリティーにおいても妥協せずデニム作りに取り組む。アーティストやスポーツ選手など、著名人にも製品のファンは多い。