ともにある(前編) 編集・デザイン・製本、それぞれの試み
異なる分野のクリエイターが互いの領域を横断しながらコラボレーションすることで、個々の発想の限界を軽やかに飛び越えたアイデアが生まれ、そのエッセンスを集めた作品が出来上がる。そうした事例の一つに、山形国際ドキュメンタリー映画祭の特集上映「ともにある Cinema with Us」のカタログがある。その実験的な試みが形になるまでの経緯と、そうした触発が引き起こす可能性について、製作を手掛けた小川直人氏、松井健太郎氏、菊地充洋氏に話を伺った。
編集・デザイン・製本、それぞれの試み
ーまず、このカタログがどうやって生まれたかをお聞かせください。
小川直人(以下、小川) 「ともにある Cinema with Us」は山形国際ドキュメンタリー映画祭の特集上映の企画で、東日本大震災があった2011年に初めて組まれました。その時はそれどころではなかったのでディスカッションの司会だけを引き受けましたが、この映画祭は2年に1回の開催で、2013年もこの企画を続けたいという話があり、そこから全面的に関わるようになりました。
作品を選ぶ仕事とシンポジウムの企画が主なのですが、ボランタリーに関わることにしてもなんとか一人でできそうで、そうすると本来コーディネーターに払われるギャラの分が丸々浮く。それならカタログを少し変わったものにできないかと思い、デザイナーの松井君に声を掛けました。
ー後半に収録されているデータが特徴的ですね。
小川 2011年の上映は、とにかくその時に撮られた映画でもニュースでも何でも流そうということだったのですが、2013年はもうちょっと整理して、「震災とドキュメンタリー映画」ということで組みました。この映画祭に来る人が一番何を欲しているかと考えると、論評などではなく、どういうものが撮られているかという情報だろうと。そこで作品解説は早々に切り上げて、それまでに撮られていた震災に関わる映画のデータを巻末にまとめました。その後、いろいろなところで震災をめぐる映画が特集された時、どの映画祭もこのリストを基にしていたようです
ー2015年版はどういう編集方針で作られたのでしょうか。
小川 映画祭の特集プログラムのカタログというのは、作品の解説と評論家のテキストが入っていて、読み物としてきっちりしたタイプのものが多いですよね。でも、震災をめぐる映画について真面目に論評しても、まだ結論めいたものは見えないなと思ったのと、2013年と同じメンバーで作れることになったので、またちょっと違うタイプのものを作ろうと思いました。
松井君からは前回よりも「もっとはかないものが作りたい」という話があり、僕としては短い小説を入れるとか詩を入れるとか、特集上映のカタログの基本形を崩すようなものをやってみたらどうかという考えがありました。もう一つ重要なことは、前回どんな話がされたかという記録をきちんとこの本の中に残しておくこと。そうすると映画を見たおまけで買うのではなく、その後の資料として残っていくだろうということで、2013年のシンポジウムの記録をテキスト化して入れています。
ービジュアルのページも印象的ですね。
小川 上映作品の写真をごくごく簡単な情報と共に、写真集のようにまとめました。ドキュメンタリー映画できれいな写真がそろうことはないので、こういうものを作るのは苦労するんですが、今回は作家さんからもいろいろと提供していただけたので、パラパラとめくっただけで何か伝わってくるようなものを作ろうと考えました。
前回と同じくデータページも設けたのですが、震災から一区切りとか風化とか言われている最中でもあったので、震災を考える上での数字をいろいろ集めてみようということで、膨大な情報の中からいくつかを拾ってまとめました。例えば震災の死者・行方不明者など政府や自治体が発表するようなものから、この時に上映した監督の一人でもあるミュージシャンの遠藤ミチロウが震災後に行ったライブの数など、さまざまな角度から震災のことを考える数字をまとめました。
ーそうした編集方針を受け、デザインに当たってはどういうことを考えましたか。
松井健太郎(以下、松井) この話を頂いた時に、上映される映画を見て内容を理解してから作るのではなく、小川さんと話をしながら「ともにある」の小川像というものを形にしようと思いました。デザイナーさんによっては、ちゃんと作品を見て、内容を理解して作り出す人もいるかもしれませんが、僕は編集者さんとの話とかタイトルとか、その周辺にちらばっている情報で勝手に組み立てて、そこで「誤読」した方が面白いものができるんじゃないかなと思っているんです。あまり内容に寄り添っちゃうと、それこそ何もできなくなっちゃうんじゃないかなと。
そこで今回鍵になったのが、「ともにある」というタイトルでした。ともにある=寄り添うというイメージで、普段よく手にするようなものとの親和性があった方がいいだろうと。ですので、2013年はノートのような柔らかい、より手になじみやすい素材を表紙にできないかと菊地さんに製本をお願いしたんです。
菊地充洋(以下、菊地) それを聞いて、上製本(ハードカバー)などの表紙に貼られる製本クロスをそのまま表紙にしてはどうだろうと提案しました。上製本だとこの下に厚いボール紙を貼って合成するんですが、それを抜いてそのまま巻いている状態のものです。
ーそれは技術的に難しいんでしょうか。
菊地 難しかったですね。タイトルの箔(はく)押しは武田製本所さんというところにお願いしたのですが、紙みたいにコシが無いので版ずれ(印刷がずれてしまうこと)を起こしやすいという問題があって。
松井 背表紙の位置は正確に合わせないといけないので、背中だけはしっかり合わせて、表紙の位置は成り行きで少しずれてもごめんね、と。
ー通常の印刷仕事ではなかなか許されないケースですね。
小川 そうですね。だから、山形ドキュメンタリー映画祭の事務局の人たちが寛容であるということを最初に言っておかなきゃいけない(笑)
松井 そうですね。それに助けられました。
小川 特集の性格上、何作品も見ていくお客さんが多いのですが、カタログを最初に買って、何作品か見ているうちに端がボロボロになって、どんどんダメージ加工が入るという効果もありました。
菊地 ほつれてくるってことですよね(笑)
小川 この映画祭の特集部門は題材自体がかなり個性的で、個性的な人たちが企画を組んでいるので、カタログも変わっているものが多いんです。今まで見た中で僕が一番驚いたのはカバーがヤスリになっているというもので、並べておくと他の本がどんどん傷付くという。それが許されるなら、買った直後からほつれていくものがあってもいいだろうと思いました。
ー結果、この冊子は「デザインのひきだし」といったデザイン系の書籍でも紹介されました。
小川 高級な何かを使ったとか最新の技術を用いたとかではないんだけれども、やろうとすると意外に難しいというところで評価されたんでしょうか。実際、各国からたくさんの人が集まる映画祭の場で、みんな不思議そうに見ながら買っていましたね。
小川直人
1975年生まれ。東北大学大学院教育学研究科修了。2000年にせんだいメディアテーク準備室に入り、開館後は映像文化全般に関する事業を担当、近年は情報デザインやアーカイブに関する諸問題に取り組む。併行して個人でもイベントの制作や本の編集などを行うほか、有志の組織“logue”の一員として企画制作や教育活動に携わる。2011年の東日本大震災後は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特集「ともにある――Cinema with Us」、インターネット配信DOMMUNE FUKUSHIMA!に取り組んでいる。
菊地充洋
仙台市内にて1918(大正7)年より四代続く製本所、有限会社菊信紙工所勤務。せんだい・スクール・オブ・デザインを経て、六丁の目にある菊信紙工所敷地内に、印刷に特化したレンタル加工場「analog」を開設する。その他、印刷加工技術の研究やそれに関する文化の研究などを行う活動「製本部」の部長を務める。現在、analog運営の傍らDIYによる製版、印刷、製本技術の習得に励んでいる。
松井健太郎
エディトリアルデザイナー。1980年福島生まれ。仙台育ち。東北大学大学院工学研究科都市・建築学修士課程修了後、秋山伸主宰のグラフィックデザイン事務所schtüccoを経て仙台・卸町のシェアオフィス「TRUNK」アシスタント・マネジャーとなる。現在はフリーランスのデザイナーとして活動。建築/プロダクト/グラフィックなど、分野にとらわれない“ものづくり”を中心に、地域とクリエイターを結ぶ活動も展開中。