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ともにある(後編) クリエイターの発想を実現するために

独創的なアイデアを盛り込み、新たな技術を取り入れ、あるいは従来の手法を見つめ直し、より良いものを作り出そうと試行錯誤するクリエイターたち。そこから新たなものづくりの可能性が生まれる。どこかの誰かに頼るのではなく、すぐに顔を合わせられる距離にいる者同士が互いの発想と持てる技術を掛け合わせてチャレンジを繰り返す。それがまた刺激となって、仙台にクリエイティビティーの好循環が生まれていく。

 

クリエイターの発想を実現するために

小川 ところで2人に聞きたいんですが、こういう実験、スタディーが何か次の仕事に役に立ったりするんですか。

菊地 実際に完成までこぎ着けるケースは少ないですね。それでも例えば2013年の表紙は、高校の野球部の名簿で同じようなことをやりましたし、面白がって興味を持ってもらうことは多いです。

松井 直接的な仕事にはつながっていなくても、こういうプロジェクトを行うことで、みんながちょっとずつ、編集の領域をはみ出すとか、デザインと製本の領域をまたぐとか、技術的なチャレンジをするとか、そういう努力が重なっていきますよね。そういう自分の領域を広げていくようなことが起き続けていけば、仙台で見たことのない新しい領域が生まれるのではないかという期待感はあります。

ー菊地さんの製本所では「S-meme(エスミーム)」も手掛けていますが、例えば右からめくるのと左からめくるので異なるページが現れるというアイデアは、製本側から出したんですよね。

せんだいスクール・オブ・デザインのメディア軸で製作された冊子「S-meme」。毎回特殊な製本技術を用いて話題となった。

菊地 そうです。

—それは恐らく、製本側からしか出せない提案だと思うんです。そんなことは無理だろうと、みんなが思い込んでいますから。

松井 思いも寄らないでしょうね。

—ところが現場では、それほど突拍子もないアイデアではなくて、あの技術を使えばいけるかなという確信めいたものはある。だから、印刷の一工程として下請けするのではなく、製本側からクライアントに直接提案していくということがあり得るという実感があったのではないでしょうか。

菊地 確かに、S-memeをきっかけにさまざまな相談が増えてはいます。シルクスクリーンや型抜きも含め、例えば何か特殊な招待状を作りたいがどういうことができるかなど、製本に限らず相談を受けることは多くなっていますね。

菊信紙工所が運営する印刷加工スタジオ「analog」

菊地 マニュアル通りに仕事を効率よくこなしていくという製本所の仕事の反動でanalogも生まれたので、相談事はウエルカムだったんですが、そういうものはおおむね非効率で、本業に支障をきたしてきているというジレンマもあります。例えばTシャツを仕上げる仕事にしても、何製のインクをどういう条件で使うとか、調色の質問とか、スタートするまでに5〜6回のやり取りをしないといけなくて。

小川 それはもう普通のコンサルティング業務なので、1時間いくらとお金を取ればいいんじゃないですか。

菊地 そうなんですが、その金額を乗せてしまうと、依頼者の考えている金額に見合わなくなってしまうんです。analogの売りとしても、極力サービスとしてやるべき部分だとは思ってるんですが、ちょっとやり過ぎたかなと。

小川 仙台でも最近はちょっと変わったものを作ろうというような動きはあって、それは東京の有名などこかに頼めば実現するんでしょうけど、アイデアレベルの時にそこまで投資できないという問題が現実にはありますよね。それを地元で試してみることができるというのはとてもいいことで、アイデアを頓挫させなくて済む。アイデアが実現するかしないかの瀬戸際のことを歩いて行ける距離感の中で試せるというのは、長い目で見ればさまざまな試みが実現する可能性を格段に上げるはずですので、意義は大きいですよね。

「ともにある」のカタログも、東京や京都の印刷所やデザイナーと作るなら僕ももうちょっと真面目に考えて、仕様書をちゃんと作るでしょう。すると、アイデアが仕様書を作れる程度のものに収まってしまう。ラフなアイデアのままでやり取りできる距離感というのは大事だと思います。

—このホチキスの位置をずらす、みたいなことが意外に重要なのではないかと感じます。それができるということをクリエイターに知ってもらうだけでも、作れるものは一気に増えるじゃないですか。

松井 そう思います。一手間、二手間かけられるかどうかで、できるものは大きく変わりますからね。忙しいとかモチベーションが上がらないとか予算が足りないとか、そういう理由で却下しているだけで、目標を一つにするチームならば何とかなることもある。実は先日も菊地さんを困らせた事件があって……ミシン掛けを5000部お願いしたんですよね。

松井氏が菊地氏を困らせた中とじミシン製本の冊子「旅、巡る」

菊地 5000冊を1冊1冊、ミシン縫いをしていくという。

松井 ごめんなさい(笑) しかも、ターコイズブルーがいいとかわがままを言って、糸の色まで指定したんです。でも、頑張ってやってくれた。菊地さんがおとこ気を見せてくれなかったら、たぶんあれは普通にホチキス留めになっていたんですよ。これがホチキスだったらやっぱり印象が違うんですよね。

—こういう小さなところで大きく変わりますよね。ところが、それを実現するには、それこそ「デザインのひきだし」に載っているようなところに頼まないとできないと思っている人も多そうな気がします。

小川 アイデアがあって一定の手間暇さえ惜しまなければ、本来はできると。

松井 そういうものが実はほとんどじゃないかなと思います。この2015年版だって、小学校時代を思い出せば誰でも作れますし。

—王道で新しいものを作るって、一番かっこいいですね。

松井 かっこいいですけど難しいですよね。やっぱちゃんとチームがそろわないと。

—それで菊地さんが忙しくなるわけですね(笑)

小川 時間とアイデアを提供しているということだと思うので、やっぱりお金を取った方がいいですよ。何かいい方法ないですかね。

松井 弁護士と一緒ですよね。ホームページに「印刷製本の相談承ります。1時間○円」と載せたらいいんじゃないですか。

小川 そうそう。最初の30分は無料でもいいけど、そこから追加で調べたり実験してみたりしないと分からないという場合は、そこに対価が払われるべきです。

菊地 そうなんですけどね。難しいところなんです(笑)

その後も対価が正しく得られる方策を探る話で盛り上がる3人

取材・撮影:菊地 正宏

 

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小川直人

1975年生まれ。東北大学大学院教育学研究科修了。2000年にせんだいメディアテーク準備室に入り、開館後は映像文化全般に関する事業を担当、近年は情報デザインやアーカイブに関する諸問題に取り組む。併行して個人でもイベントの制作や本の編集などを行うほか、有志の組織“logue”の一員として企画制作や教育活動に携わる。2011年の東日本大震災後は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特集「ともにある――Cinema with Us」、インターネット配信DOMMUNE FUKUSHIMA!に取り組んでいる。

 

菊地充洋

仙台市内にて1918(大正7)年より四代続く製本所、有限会社菊信紙工所勤務。せんだい・スクール・オブ・デザインを経て、六丁の目にある菊信紙工所敷地内に、印刷に特化したレンタル加工場「analog」を開設する。その他、印刷加工技術の研究やそれに関する文化の研究などを行う活動「製本部」の部長を務める。現在、analog運営の傍らDIYによる製版、印刷、製本技術の習得に励んでいる。

 

松井健太郎

エディトリアルデザイナー。1980年福島生まれ。仙台育ち。東北大学大学院工学研究科都市・建築学修士課程修了後、秋山伸主宰のグラフィックデザイン事務所schtüccoを経て仙台・卸町のシェアオフィス「TRUNK」アシスタント・マネジャーとなる。現在はフリーランスのデザイナーとして活動。建築/プロダクト/グラフィックなど、分野にとらわれない“ものづくり”を中心に、地域とクリエイターを結ぶ活動も展開中。

 

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