デザイナーのための知財10問10答|第7回 著作者人格権はデザイナーにとって大切か
第7回 著作者人格権はデザイナーにとって大切か
普段何気なく使われている「著作権」という言葉には、実は2種類の権利が含まれています。
1つは、「著作財産権」、すなわち財産権としての著作権です。「狭義の意味での著作権」などとも言われ、複製権、翻案権、公衆送信権など11の権利から構成されていますが、わかりやすく言えば作品の利用を経済的にコントロールできる権利のことです。
もう1つは、「著作者人格権」。こちらは名前の通り、その著作物を生み出したクリエイターに帰属する人格的権利で、①公表権(作品を公表するかどうか、公表するとしてどのように公表するかを決めることができる権利)、②氏名表示権(自分が生み出した著作物に氏名やペンネームを表示するかどうか決めることができる権利)、③同一性保持権(自分が生み出した著作物のタイトルや内容を自分の意思に反して勝手に変更されないようにすることができる権利)という3つの権利があります。
著作権については、財産権と人格権の2つの側面があることを理解することが大事です。
そのうえで、著作者人格権については、デザイナーが交わす業務委託契約において、次のような条項が頻出します。
「乙は、甲または甲が許諾する第三者に対し、本件成果物に関する著作者人格権を行使しないことに同意する。」
これはいわゆる「著作者人格権の不行使特約」と呼ばれる条項で、読んで字のごとく、デザイナーが作成したデザイン等の成果物に関して著作者人格権を行使しないことを発注者・クライアントに約束する合意です。著作(財産)権のように著作者人格権を「譲渡する」ではなく、「行使しない」となっているのはなぜか。それは日本の著作権法上、著作者人格権はクリエイターにずっと帰属するものであり、譲渡できないと考えられているからです(米国などは人格権も譲渡できるので、日本の法律の仕組みを説明するだけで大変だったりします)。クリエイターを保護するためにそうなっているんです。しかし、それだとクリエイターにあれこれ言われて困る、成果物を自由自在に使いたい、という発注者側のニーズがあり、著作権(著作財産権)のように譲渡できないのであれば、じゃあ「その権利を行使しない」という契約を交わせばよいじゃないか!と考えた人がいて、実務上編み出されたテクニックがこの著作者人格権の不行使特約です。
著作者人格権はクリエイターの人格的権利としてとても重要な権利です。いずれも重要なのですが、特にクリエイティブの観点から重要なのは、同一性保持権です。これを行使しないとしてしまうと、発注者側で勝手に色を変えられたり、トリミングしたり等、ブランディングがズレていくということがまま発生します。これはデザイナーとしてはなんとしても防ぎたい事態ではないでしょうか(もちろん納品した以上、クライアントの好きにするのが工業デザインだと考えるデザイナーも一定数いらっしゃいます)。したがって、これらの契約交渉の際には、著作(財産)権は譲渡するとしても、上記のような著作者人格権の不行使特約はまず削除するような交渉をすることをおすすめしています。
もっとも、そのような交渉をしたとしても、発注者側はなかなか著作者人格権の不行使特約の削除には応じてくれません。では、どうするか。
もちろんデザイナーの立場からは不行使特約の削除がベストですが、その次の手として、不行使特約を入れたうえで、さらにその特約として、修正・加工等を行う場合にはデザイナーの承諾が必要である、という別の特約を上乗せする、ということが実務上行われます。キャラクターなどは最たるものですが、商品やサービス、企業のロゴ、CI/VI等のブランディングにおいても、このような合意をすることでデザイナーはクリエイティブ・ディレクションを自分の手元に残せることがあります。この場合、著作者人格権の上記①〜③の権利のうち、①と②の権利は不行使としつつ、③の権利だけ手元に残すような形になります(正確に言うと、権利を保有している状態と契約的に拘束できることは異なるのですが、このようにご理解いただいて大丈夫です)。何が言いたいかというと、著作者人格権も複数の権利の集合体であり、0か100の交渉ではなく、クリエイターがそのうち一部の権利を留保することも可能だという点を抑えておいていただきたいのです。
このとき、言い方としてはデザイナーのわがままに見られないように注意してください。あくまで、デザイナーの手元にクリエイティブ・ディレクションが残ったほうがブランディングの観点から望ましく、それが翻ってクライアントの利益につながる、という共通認識を生み出していくコミュニケーションをし、クライアント・発注者にも納得してもらうことが肝心です。
水野 祐 (みずの たすく)
弁護士(シティライツ法律事務所)。Arts and Law理事。Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(リーガルデザイン・ラボ)。グッドデザイン賞審査員。IT、クリエイティブ、まちづくり等の先端・戦略法務に従事しつつ、行政や自治体の委員、アドバイザー等も務めている。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート)、『オープンデザイン参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン、共同翻訳・執筆)など。
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