Article 記事

クリエイターインタビュー|高平 大輔さん(前編)

企業広告をベースに、自然・アート・復興からドキュメンタリーまで幅広いプロジェクトに関わってきた映像ディレクター。現在はフリーランスで活躍されている高平大輔(たかひら だいすけ)さんにお話を伺いました。

 

これまでのキャリアについて教えてください。

僕の仕事のベースはCMとか、プロモーションに関わる企業広告です。映像ディレクターとしての部分をお話しすると、新卒でWOWの立ち上げから参加しました。当時は10人いないくらいの小さい会社でした。そこからキャリアをスタートさせて、映像ディレクターの月田茂さんのもとで修行させてもらいました。その後、分社化などがあり別のプロダクションに移籍しました。かれこれ広告業界には20年位はいたんですが、去年その世界をいったん離れて松島でカフェを多数手がけている松華堂の監督を務め、今またフリーランスとしてクリエイティブの世界でやらせていただいています。

震災前と震災後では仕事に変化はありましたか。

震災前までは、広告メインでした。でも、震災後は地元のプロダクトや、今までとはちょっと違うような復興関連のプロジェクト、特にWEBの仕事が増えました。YouTubeが一般的になって、インフラが変わってきたことによって仕事のアウトプットが変化し、映像の活用が広がるようになりましたね。

「点と線と」高平大輔 映像作品展

仙台市の仕事もされていますよね。

「ワケルくん」の企画をやりました。それはもう15、6年くらい続いています。ワケルくんは自分の子どもの幼稚園でゴミ箱に貼ってくれていたりもする。自分の仕事が子どもの幼稚園や仙台の街並みに文化として溶け込むというのは嬉しいですね。

 

映像の仕事をするきっかけは何だったのですか?

もともと、WOWでは紙面やウェブのデザインもやってました。やれることは何でもやっていたんです。得意というか、どうやら映像の方が上手にこなせたということがあって、企画や演出、監督というのに特化していったという感じ。最初から映像をやりたいってことではなかったですね。

子どものころから映像に触れる環境があったのですか?

僕の出身は福島なんですけど、実家のすぐ隣が映画館だったので、幼稚園くらいから映画を観に行ったり映像に対するベースがありました。実家が食堂だったので、映画館にお客さんがたくさんくるとうちの食堂も儲かる。娯楽が町を潤す、経済を動かす、エンターテイメントと経済が直結しているということを、子どものころから肌で感じていました。言い方によっては、当時大ヒットを連発したスピルバーグに学費を払ってもらったっていう感じです。(笑)

まさに今に繋がる経験ですね。

エンターテインメントで経済が動くというのは、憧れというか潜在的に好きなんです。子供のころからの実体験、商店街の中で育った環境は非常に大きかったなって思いますね。
CMも映画もそうだと思うんですけど、いいものをつくると世の中自体にも動きがでて経済も動く。映画館というきっかけがあって広告の世界に流れたっていうのがありますね。
思春期というか青春時代を送った90年代、ミュージッククリップの力だったりとか、マッキントッシュで映像とかグラフィックをつくって表現できるようになったことも大きなきっかけでしたね。今だと、スマホでもいろいろつくれたりしますけど、マックの登場ってやっぱりすごい革命的なことだったですよね。

映画を撮りたいと思ったことはありますか?

それがないんですよ。タップダンサーの熊谷和徳さんのドキュメンタリーを撮ったときは、出来事とか、出会いとか、自分の伝えたいことをアウトプットしていったら、結果的に12分くらいのショートフィルムくらいの長さだったということはありますね。
でも最近は、映画撮りたいって言っているだけの若者には、「撮りたいって言っている自分に酔ってちゃダメだ」ってすごく怒っています。(笑)。

Documentary of TAP DANCE IS HAPPINESS. 2015 / Trailer

震災後、被災地に取材に行って映像を撮ったのですか。

報道関係の仕事ではないので、そういったチャンスはなかったのですが、ある程度生活が落ち着いてから、海外の友達とかとメールベースで連携して、個人的なプロジェクトを進めました。カメラマンは仙台で、WEBサイトをつくってくれたのはNYにいるデザイナー、音楽をやってもらったのが東京のクリエイターです。被災地の夜明けをひたすら撮影して、それをWEBの中で見せていくという「Tomorrow at Daybreak」というプロジェクトなのですが、国内外ですごく反響がありました。

それはどこで撮影したのですか?

最初は沿岸部に行けなかったし、そもそもいっちゃダメだと思っていたので、WOWの友人と一緒にアエルの19階にある事務所に階段で上って、夜明けを撮ることからはじめました。その後は沿岸部や福島の飯舘村など色んな被災地を撮影しました。震災のとき、真っ暗な夜を過ごしたじゃないですか。早く朝にならないかなぁって。夜が明けた瞬間に全貌が見えて絶望した人もいれば、避難所にいた人は夜が明けた安堵感があったりとか。希望みたいなのを感じる人もいれば、絶望を感じる人もいる。一切言葉を出さないWEBサイトなんですけど、映像でしか表現できないというものに対して、似たようなシンパシーのある方から連絡が来たりもしました。

それがきっかけで仕事の依頼の連絡が来たんですか。

「1秒の世界」という本をつくった「Think the Earth」のディレクター上田さんから連絡が来ました。大崎市にある蕪栗沼という、日本でも数少ない渡り鳥が飛来するところがあるんですが、渡り鳥とそこの「ふゆみずたんぼ」っていう農法が共存共栄している里山の姿を追うドキュメンタリーの仕事を頼まれました。

いろいろな繋がりから仕事が生れるんですね。

すごくお世話になっていたWOW時代の上司・鹿野さんは松島に住んでいるのですが、地元で「海の盆」というお祭りの撮影を手伝ってほしいという依頼もありました。様々な作品の繋がりから、仙台の伝統工芸を盛り上げて欲しいという相談を受けて、「手とてとテ」というプロジェクトを立ち上げました。緊急雇用の事業だったので、被災された方を交えて地元のクリエイターで地元の魅力を伝えるっていうことをしました。地元の職人さんと歩み寄って一緒にやらせてもらい、WEBサイトもスタートから好評でしたね。機会があって、ビームスの方とオリジナルプロダクトをつくるというプロジェクトもやらせていいただきました。そこから生まれたのが青いこけしです。

伝統工芸PRサイト「仙台・宮城のてしごとたち 手とてとテ」
http://tetotetote-sendai.jp/

 

取材日:平成29年5月23日
聞き手:SC3事務局(仙台市産業振興課)、岡沼 美樹恵
構成:岡沼 美樹恵

前編 > 中編 > 後編

高平 大輔

福島県南相馬市出身、仙台市在住。WOW Sendaiでキャリアをスタート、映像ディレクターの月田茂に師事。その後は地元プロダクションや松島の老舗・松華堂で監督として活動。
CMなどの企業広告をベースに東北の自然やアート、復興の様子などを撮影した作品を金沢21世紀美術館や国内外のメディアで発表。音楽プロデューサー・小林武史氏が主催するReborn-Art FestivalのPR映像や、タップダンサー熊谷和徳氏のドキュメンタリーなど様々なプロジェクトに関わってきた。
クリエイティブディレクションを務めた伝統工芸のPRサイト「手とてとテ」の映像がVimeo Staff Picksに選出される。世界中で100万回以上のビュー数を記録、HUFFPOSTやWIREDなど海外メディアに取り上げられ、販売や集客などの経済効果を生み出す。広告で養ってきた課題解決の姿勢と、人や土地へ寄り添う素朴な眼差しを通して精力的に作品を作り続けてきた。現在はフリーランスとして東北を拠点に活動中。「ワケルくん」で環境省 環境コミュニケーション大賞、4年連続環境goo大賞。グッドデザイン賞など国内外で受賞歴多数。プロレスが好き。原子力エネルギーに反対。

ページトップへ

Search 検索