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クリエイターインタビュー|菊池 恭平さん(前編)

仙台にある株式会社 comme-ntで、イベントオーガナイザーなどの仕事をされている菊池 恭平(きくち きょうへい)さん。「音楽に関わる仕事がしたい」という漠然とした気持ちを抱きつつも、大学卒業後は人材派遣会社や広告会社でサラリーマンをしていました。そんな菊池さんが、イベントオーガナイザーとして音楽の仕事を始めたきっかけ、そしてその仕事に懸ける思いを伺いました。

 

─菊池さんは、現在は広告制作会社のcomme-ntに所属されていますが、もともとは個人でイベントオーガナイザーの仕事をされていたそうですね。

イベントオーガナイザーという肩書はしっくりこないのですが、5年前に「SAIKORO」という名前で個人として音楽ライブを企画したりする活動を始めて、3年前に縁があって今の会社の中でやっていくことになったんです。SAIKOROの名前はそのまま事業名となって残っています。言ってみれば、ちっちゃい事業合併をしてもらった感じですね(笑)。

―イベントオーガナイザーは、クライアントから「こういう音楽ライブをしたい」という依頼を受けてお仕事をされるのですか。

そういう仕事もありますが、基本、私の場合は、呼びたいアーティストを自分で決めて、出演交渉をして、ライブを企画しています。利益は、出演費を含めた経費とチケット売り上げの差額になります。チケットが売れなければ当然赤字のリスクもありますが、自分が良いと思っているアーティストのライブだけを企画できる楽しさはあると思います。とはいうものの、仕事として音楽イベントを企画しているので、それだけではいかない部分もあるのですが…(笑)

仕事の仕組みとして、対局にあたるのがイベンターさんのお仕事になるかと思っています。ライブがしたいという依頼をクライアント(アーティストサイド)から受けて、ライブを企画することが多いかと思います。ただ、最近はイベンターさん独自の企画ライブも多く、私ではできないような規模感で開催されていて、すごいなと思っているのと同時に、私もいつかお付き合い頂いているアーティストの方にそういう舞台を作りたいという思いにかられますね。

─イベンターではなく、イベントオーガナイザーとして音楽の仕事をする理由は?

イベントオーガナイザーとしてということなのかはわかりませんが、単純に横のつながりもない中で、一人で始めたのでイベンターさんのような仕事の仕方はできないということもありますし、まだお客さんがあまり呼べないけど素晴らしいと思えるアーティストのライブを企画したいという思いがあったからです。単純に自分が好きなアーティストのライブだけを企画して、仕事にしたいということが根本ではあります。

私の家は、両親が共働きで、近所の人に面倒を見てもらったり優しくしてもらって育ってきました。そういう感覚が染み付いているのか、自分も周りの人に何かしたいという感覚があり、ライブで自分が感じた幸福感を多くの人に振りまきたいと思ったんです。
勝手なおせっかいですよね(笑)。でも、自分が本当に良いと思うアーティストなら、お客さんも納得してくれるっていう自信を持ってやっています。

─具体的にどのようなイベントを手掛けているのですか。

そうですね、様々なライブを企画していますが、この記事が出る以降ぐらいの時期のライブだと、
10
27()にシンガーソングライターの“かみぬまゆうたろう”さんのライブ、
11
9()に“奇妙礼太郎”さんの「Mre Music」というアルバムのリリースツアー、
11月11日(日)に3人組のインストバンド“tricolor”さんのライブ
11月21日(水)に飲料メーカーのKIRINさんと一緒に企画している「KIRIN PRESENTS Premium Music Bar」というイベントの5回目のライブで「阿部芙蓉美」さんにご出演頂くライブを企画しています。

いずれも素晴らしいアーティストばかりなので、you tube等で、まずは音源をチェックして頂いて、ぜひライブに足を運んでもらいたいですね。

─アンテナを張っていないと、良いと思えるものも見つけられないですよね。

そうですね。でも、そんなに意識はしてないです。音楽の仕事をしていると、「音楽、詳しいでしょう」って言われるんですけど、僕はそんなに詳しくはないんですよ。もちろんそれなりには聞いてはいますけど、音楽が詳しい人と、「このブラックミュージックが…」みたいな話は全くできないです(笑)。僕は、自分なりの感覚があって、皆さんあると思うのですが、その感覚が人より敏感なのかもしれないですね。なので、ロックオンする感じです。「あ、これだ」みたいな。

─それもひとつの才能ですね。

そうですね。そう思うようにしています。特に音楽に関しては、その自分なりの感覚がはっきりしていますね。後は、ジャンルや周りの評価を気にせず、色々な音楽を聞くということに対しては常に好奇心があります。その中で、ロックオンしていく感じです(笑)。

─昔から好奇心が強かったのですか。

人に対しての好奇心は強かったですね。これは、自分の良いところだと思うんですけど、すぐに人を好きになれるんです。それ以外の好奇心は、全然強くなかったです(笑)。趣味もほとんどないですし。食べることと飲むことぐらいで。音楽は、食べる、飲む以外では唯一の趣味ですね。大学生の頃は、よくライブを見に行ってましたし、音楽関係の仕事に就きたいと思っていたので、イベンターさんでアルバイトもしていました。

─音楽を好きになったきっかけはあったのですか。

高校生の時に、NHK-FM で「ミュージックスクエア」っていうラジオ番組があったんです。それを受験の時に聞くようになってから音楽が好きになりました。それこそ、今では有名なBUMP OF CHICKENが、当時僕と同じ高校生ぐらいの時に番組で紹介されていて、それを聞いて、彼らのライブにも行ったりして。まだその時はお客さんも50人ぐらいだったんですけど、その頃からライブに行くようになった気がします。

─高校卒業後の進路はどうしたのですか。

宮城大学の事業構想学部事業計画学科で、旅行ビジネスを学ぶゼミに入りました。もともとはマスコミ関係に興味があったので、専門の学科がある東京の私大に入ろうと思っていたんです。でも、親の負担を考えたら地元の公立が良いかなと思って、家から一番近いという理由で宮城大学を推薦で受けてみたら、受かっちゃったんです。高校の先生に奇跡って言われました。

入学当初は、自分には合わなくてストレス性の胃炎になりました(笑)。最終的には、宮城大学を選んで良かったと思っています。

─サークルなどはしていたのですか。

高校まで野球をしていたので、大学でも野球サークルに所属したのですが、サークルの先輩にラグビーのルール知ってる?って聞かれて、いくつか知っていたルールを答えたら、ラグビー部の人が足りないから入れって言われて、ラグビーサークルにも所属していました。そこからラグビーにはまって、ずっとラグビーをやっていました。

宮城大学のラグビー部は、経験者がほとんどいなかったんですけど、みんなで馬鹿しながら頑張ってやっているうちに、リーグの4部でやっていくのがやっとだったチームが、4年生の頃には、2部のチームと渡りあえるようになりました。それも含めて、サークルは楽しい思い出と馬鹿な思い出しかないですね。

─勉強以外に打ち込めるものがあったのですね。

そうですね。大学時代は、勉強よりサークルとアルバイトに打ち込んでましたね(笑)。人にも恵まれていて、サークルやアルバイトの同級生、先輩、後輩と何かしていることが楽しくてしょうがなかったと思います。よく集まって、お酒も飲んでましたね。そういう経験をたくさんしたおかげで、仕事での人付合いとか、こうしたら人が喜んでくれるとか、今になって役立っていると思うことがたくさんありますね。

─さっきおっしゃっていた、人を好きになれるというのも学生時代の経験があったからでしょうか。

そうですね。先輩に限らず後輩、同級生、本当に周りに良くしてもらったことで、自分を出せるようになったというか。すごく人間味のある良い学校に入ったなと思います。勉強はしなかったけど、社会勉強はすごくした気がします。

取材日:平成30620
取材場所提供:SENDAI KOFFEE CO.
聞き手:仙台市地域産業支援課、岡沼 美樹恵
構成:岡沼 美樹恵

 

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菊池 恭平

仙台市出身、仙台市在住。
震災までは、広告関連の平凡なサラリーマン。震災後に、音楽を仕事へ、5年前にSAIKOROを立ち上げる。
3年前から株式会社comme-ntにSAIKOROごと合流し、現在に至る。現在は、プロデューサーとして広告関連の仕事に携わりながら、SAIKOROとして音楽イベントの企画・制作を行う。
よく目が笑っていないと言われますが、笑ってますし、基本、温厚です。お間違いなく。

SAIKORO WEB : http://saikoro7.com/
comme-nt WEB : http://www.comme-nt.co.jp

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