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知をひらく① 前編|深澤遊(東北大学 大学院農学研究科 助教)

特集「知をひらく」は、仙台市を中心に活躍する研究者の方々から「クリエイティブとは何か」について探っていくコーナーです。研究者たちの素朴に問うこと、調べること、対話し考えること、成果をまとめること、といった学びの基本と豊かさにこそ、クリエイターとして活動するヒントがたくさんあるはず。それぞれの研究者たちが大切にする、クリエイティビティの源をお伝えします。

その時にやりたいことをやってきたけれど、
自分には研究者が1番合っていると思います

現在は東北大学農学部で助教を務め、菌類の生態や、菌類と他の生物との関係性を研究している深澤遊さん。なぜ研究者の道を選び、菌類について追究していくことになったのか、幼少時代の経験も含めてお聞きしました。

― はじめに、現在どのような研究をしているのか教えてください。

森の中で枯れ木を分解する菌類に関する研究を中心に、色々なテーマに取り組んでいます。枯れ木が他の生き物たちの栄養分となるには菌類による働きが必要なのですが、枯れ木の中にどのような菌類がいるのか、そして枯れ木が分解されていく過程で菌類の顔ぶれはどう移り変わり、そのメカニズムはどのようになっているのかを追求していくのも重要なテーマです。菌類のテーマは一度虜になるとかなり奥深いもので、僕の中で次々と問いが生まれ続けています。

― 他のテーマにはどのようなものがあるのでしょうか?

たとえば、「どの菌類がどんな分解をするのか」「場所が違うと菌類も違うのか、それに伴って分解の経過も違うのか」「さまざまな種類の菌類がいることによって分解は進むのか、遅れるのか」というテーマです。あとは、昆虫やコケ、変形菌、動物、植物などの生物は枯れ木を利用して生きているのですが、それらと菌類にはどのような関係性があるのかにも興味があります。最近では「菌類に知能はあるのか」についても研究しています。

深澤さんの研究内容に関わる書籍や資料。

― 菌類の分野はマニアックな内容だと思うのですが、なぜ菌類にまつわる研究をしようとしたんですか?

僕は生き物が好きで、特にコケやキノコ、変形菌などジメジメしたところにいる小さなものが好きなんです。枯れ木にはそういうものが全部いるから研究しようと思いました。この分野で面白いのが、菌類と他の生き物同士の関係を追っていくと、たとえば枯れ木のキノコの暮らしが人間の生活や未来にどう関係するのかが予想できる可能性があることなんです。そういった菌類と生き物同士がどう影響し合うのか考えるのが楽しいのも僕が研究をしている理由の1つですね。

― どのように菌類の研究を進めていますか?

野外調査と室内実験を行って進めています。野外調査では、野外で菌類のサンプルを採取し、サンプルの分析から、菌類の分布や枯れ木の分解パターンを把握します。広い範囲のパターンを野外調査するときは、世界中のさまざまな場所に行ってサンプリングをするのですが、日本全国で言えばアカマツの枯れ木を訪ねて30ヶ所も巡りました。現在6年目を迎えた「ナラ枯れ」についての研究では、全国7ヶ所に丸太を置いてサンプリングしているので全国の共同研究者に協力してもらいながら調査しています。「トウヒ」という針葉樹の枯れ木を訪ねて紀伊半島の大台ヶ原から富士山、長野県の乗鞍岳までたくさん山登りしましたし、ヨーロッパにおいては南はギリシャから北はノルウェーまで6カ国を巡ったこともありました。

― 室内実験ではどのような研究をしているのでしょうか?

室内実験では培養実験を行い、野外で見られたパターンを生み出しているメカニズムを調べるという流れです。野外で採取したサンプルの中にどんな菌類がいるのかを調べるときには、DNA解析を使います。環境中のDNAを直接調べてデータベースと照合すると、どんな生物がいるのかを推定できるんです。また、温度などの条件を室内で揃えて、野外で見られたパターンがどのような環境条件で起こったのかを推察します。あとは菌類の生長の様子を詳しく観察して、「菌類は環境条件にどのように応答して行動するのか」「菌類に過去の記憶があるのか」といった菌類それぞれの特性も調べて研究を進めています。

― 今の研究分野には、いつから興味を持っていたんですか?

僕は山梨県の山沿いで生まれ育ったのですが、生き物は子どもの頃から好きだったんです。幼少時代は、雨が降ったら幼稚園のブロック塀に大量発生したカタツムリを全て自分の雨傘にくっつけて家に帰るような子どもでした。カタツムリを持ち帰っては、自宅の庭に全部放していましたね(笑)。その頃からすでに生き物を研究する人になりたいと思っていました。微生物に本格的に興味を持ったのは、小学生時代に国立科学博物館が毎年開催している夏休みの子ども向けイベントに参加して「変形菌」を知ったのがきっかけです。そのときに「粘菌(変形菌)飼育セット」をもらったのを覚えています。小学生から「日本変形菌研究会」にも入るくらい、のめり込みました。

― 小学生で貴重な体験をされていたんですね。どのような学生時代を過ごされたのでしょうか?

高校生の頃、山岳部に入部して山登りに目覚めたのですが、同時期に盛口満さんの著書『ぼくらが死体を拾うわけ』(どうぶつ社)を読んで、本の内容やナチュラリストとしての生き方にとても共感したんです。高校生で小動物や虫の標本を作っていたんですけど、生きたのを殺してまで作りたくなかった。だから死骸を拾って標本にしていたのですが、続けていくと死にたてホヤホヤの死骸を見つける能力みたいなのが身に付いてくるんですよね(笑)。僕はそういう高校生だったので、盛口さんの著書に夢中になったんです。盛口さんは生き物のスケッチをしていたので、「僕もやろう」と思って描き始めたのも高校生の頃です。昔はフィールドノートに書いていましたが、最近はそれに研究のアイデアを書くことが多くなって生き物のスケッチはかなり減りました。絵をゆっくり描く時間がないからという理由もありますけど、年代ごとにフィールドノートの使い方が変わるのも面白いと思っています。

深澤さんが普段愛用しているフィールドノート。

― 昔から絵を描くのはお好きだったんですか?

両親がアーティストで、父は和紙の材料を使った立体造形作家、母は絵の教室を開いていたので、僕が小学生の頃は放課後に子どもたちが絵を習いにきていました。なので、小さい頃から絵を描くとか、ものを観察する環境は身近にありましたね。最近は描けていませんが、生き物のスケッチを描いているときは本当に時間感覚がなくなります。

― 大学に進学するときは、生物系の研究者になろうとお考えだったんですか?

僕は将来を考えて進学したわけではなくて、大学を決めたときもその時のやりたいことを優先した結果なんです。大学は信州大学に進学しましたが、山が好きだったので選びました。大学ではもちろん山岳部に入り、北・中央・南の各日本アルプスを中心に登りまくりました。山岳部に入るために信州大学に入学したようなものです。

― とにかく山もお好きなのが分かりますが、登山家などを目指したことはなかったのでしょうか?

山は、自分の視界に入っていないと不安になるくらい好きですね。でも、大学の山岳部で山に登っていくうちに、頂上に行くよりも僕は森の中にいるのが好きなんだと気づきました。バリバリの登山家になろうとは思いませんでしたね。それよりは、研究の方が好きでした。菌類について特に興味を持ったのは、大学生の頃に講義で菌根菌を知ってからなので、そのことが今に繋がっているように思います。

― 菌類の研究は大学生の頃から始めたんですね。

卒業研究では、マツタケの培養に関するテーマに取り組みました。でも培養とか栽培に関わるような研究というよりは、森の中で菌類がどのように暮らしているのかを生態学的にもっと知りたいと思ったので、信州大学卒業後は京都大学大学院の修士課程に進学しました。そこでは大学の「芦生研究林」という有名な原生林でブナの枯れ木を分解する菌類の研究に取り組んでいました。それ以来、枯れ木がさまざまな菌類によってどのように分解されるのか、そしてそれは森林の他の生物にどんな影響があるのか、などを中心に生態学の研究をしています。

― 研究者になると決めたのはいつですか?

生き物好きとして研究を趣味にするか、もしくは仕事にするかは人生の中で何度も悩みました。京都大学の修士課程に入学したのが2001年なので、研究を始めて20年ほどになりますが、その間は研究だけに捧げていたわけではないんです。修士課程を卒業したあとは林業がやりたくて、和歌山県の森林組合に就職して野外作業班員として山仕事をしていました。農学部出身なので、研究よりも現場に行きたいという気持ちもあったんです。山仕事では毎日樹木を切ったり植えたり、草刈りなどをしていました。チェーンソーなどを扱っていたので、使い方が体に染み付いたと思います。この仕事は1年半ほど続けたのですが、そのうち研究をしたい気持ちが強くなったので大学院の博士課程に入り直して枯れ木と菌類の研究を再開しました。

― 博士課程を卒業したあとに、そのまま研究者の道へ進んだのでしょうか?

博士課程を経てからは、埼玉県の「トトロのふるさと財団(現:トトロのふるさと基金)」に就職しました。そのときは研究者と一般の人の架け橋になるような仕事や、自然保護の仕事に興味があったんです。この団体は寄付金を集めて、開発されそうな森などを買い取って保全活動を行なっています。僕の担当は、買い取った土地の自然環境調査でした。それまでは、森の研究をしていると言っても菌類や変形菌のことしか分からなかったのですが、樹木の調査も担うことで樹木を同定する力が身につきました。あとこの樹木調査の中で、倒木の上に新しい樹木が生育する過程において、菌類が大きく関係していることに気づいたんです。

― 現在の研究には、博士課程卒業後の経験が大きく影響しているのですね。

そうですね。この活動の中での気づきは、現在まで僕の研究の柱となっています。2年半ほど活動しましたが、また研究をしたい想いが湧き出て、研究者の公募に応募して現在の東北大学に至りました。僕は最初から「何になるか」を決めていたのではなく、その時にやりたいことをやってきたんです。やりたいことは全部経験して研究職をしているので、これまでのキャリアに後悔はありません。研究職になるまで2つの仕事を経験しましたが、今振り返ると僕には結局研究者が一番合っていると思います。

前編 > 後編

深澤 遊(ふかさわ・ゆう)

2008年、京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻博士後期課程修了。2017年4月から2019年3月まで、英国Cardiff University School of Bioscience 客員研究員を務めた。現在は、東北大学大学院資源生物科学専攻の助教として活躍中。専門は森林生態学。

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