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デザイナーのための知財10問10答|第5回 打ち合わせや提案の報酬やそれにかかった実費を請求できるか

第5回 打ち合わせや提案の報酬やそれにかかった実費を請求できるか

デザイナーが何度か打ち合わせを行ったうえで、仕事が依頼されない。提案だけ行い、発注されない。さらにはアイデアだけ持って行かれてしまう、といったケースを耳にします。こういった場合、打ち合わせや提案の報酬やそれにかかった実費を請求できないのか、という相談を受けることがあります。

 

打ち合わせや提案に関する報酬やそれらにかかった実費が請求できるか否かは、ケースバイケースです。請求できない場合とは、契約締結までの準備行為として捉えられる場合で、残念ながらこれに該当すると考えられてしまうケースがほとんどです。
一方、打ち合わせや提案に関する報酬を請求できる場合とは、事前にその打ち合わせや提案をクライアントから依頼された委託業務の一つとして位置づけることができる場合、つまり、事前に打ち合わせまたは提案に報酬が発生すると合意していた場合です。これはいわゆるコンペへの参加費あるいはコンペに参加したのに最終的に発注されない場合に、それにかかった報酬や試作品の制作費等の実費を請求できるのか、という問題と一緒の話です。これもコンペの参加規約等の契約次第ではありますが、報酬も実費ももらえないのに、アイデアを含む提案の著作権はすべて発注者側に譲渡される、なんていう契約になっている場合もあるので要注意です。
採用されない場合には、せめて不採用案を他で利用できる道を残しておくべきではないでしょうか。デザイン・コンペの参加条件は明示されていない場合も多いので、曖昧な場合には確認するようにしたほうがよいでしょう。

 

打ち合わせに限らず、デザイナーを含むクリエイターは、クライアントとのデザイン契約の中で、クリエイターがやらなければならない業務範囲・条件(Statement of Work/Scope of Work、略してSoWなんて言われます)を明確化しないで仕事を進めてしまうケースが散見されます。
業務範囲を明確化しないと何が起きるのか、と言いますと、同じ報酬でむちゃくちゃ働かされるということがあり得てしまいます。そうすると、どういうことが起こるのか? 納期段階になって、クライアントから「○○業務も依頼していたはずだ」と突然言われたり、最初に定められた報酬で「あれもやってくれ」「これもやってくれ」等と要求されてしまい、トラブルになるケースが出てきます。
クリエイターとしては、仕事の開始前に、クライアントとの間で、「ここまではやる」と「ここから先はやらない」というライン、すなわち業務範囲を明確化する話し合いをしておくことが肝要です(そして、それを書面やメールに残しておきましょう)。

 

デザイナーであれば、業務内容としては、デザイン制作業務、デザイン監修業務、ブランディングに対する助言業務、定例会議への参加業務など、業務内容を列挙していくことになりますが、例えば、デザイン・カラー計画の提案、サンプル確認、修正指示、デザインマニュアルの策定など、より細かく業務内容を書き込む場合もあります。デザイナーとして、ここでは、何をやらないといけないのかを確定するとともに、何をやらないのかをクライアントに明確に示すことが重要になります。この業務範囲・業務内容は、報酬や権利の問題と同じくらい大事です。契約書においてはもちろん、書面を作成しない場合でも、メール等で明確にしておくことが望ましいです。

 

もちろん、当初から仕事内容や詳細がすべて決まっていることは珍しいですし、仕事の流れのなかで当初予定してなかった仕事が発生することがあるでしょう。ただ、その場合でも追加業務の取扱いを事前に決めておくことが大切です。追加業務を当初の業務範囲に含まれるような形で「当然にやるべき業務」とするのか、「サービスでやってあげる業務」とするのか、はたまた「追加料金をもらってやるべき業務」とするのかをクリエイターが選択肢として持っていることが大事だと思います。

水野 祐 (みずの たすく)

弁護士(シティライツ法律事務所)。Arts and Law理事。Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(リーガルデザイン・ラボ)。グッドデザイン賞審査員。IT、クリエイティブ、まちづくり等の先端・戦略法務に従事しつつ、行政や自治体の委員、アドバイザー等も務めている。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート)、『オープンデザイン参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン、共同翻訳・執筆)など。

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