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知をひらく② 後編|鈴木杏奈(東北大学 流体科学研究所 准教授)

特集「知をひらく」は、仙台市を中心に活躍する研究者の方々から「クリエイティブとは何か」について探っていくコーナーです。研究者たちの素朴に問うこと、調べること、対話し考えること、成果をまとめること、といった学びの基本と豊かさにこそ、クリエイターとして活動するヒントがたくさんあるはず。それぞれの研究者たちが大切にする、クリエイティビティの源をお伝えします。

「本当に必要なもの」を見つけるために、
人との対話を大切にしたいです

現在は東北大学の流体科学研究所で准教授を務め、持続可能な地熱エネルギーを私たちの社会に活かせるよう日々研究に勤しむ鈴木杏奈さん。鈴木さんはエネルギー研究に限らず、地域活性化も目指した「Waku2 as life(ワクワクアズライフ)」でも積極的に活動しています。後編では地域での活動や、鳴子温泉への想いをお聞きしました。

― 先生は地熱エネルギーを研究する他にも「Waku2 as life(ワクワクアズライフ)」を立ち上げられていますが、どのような経緯で活動をスタートされたのでしょうか?

私はずっと技術側のことを研究していましたが、技術と社会とのギャップを感じたのが「Waku2 as life」をスタートさせた1番の理由です。研究を進める中で鳴子温泉郷に住む方々が地熱発電に反対している話を聞いたことがあって。自分が良かれと思って技術を研究していたのに、その技術自体を欲しがらない人がいることにショックを受けたんです。温泉地域の方々がなぜそう思うのか知りたいし、みんなでもっとこれからの地域資源について考えられる機会があったらいいのではないかと思って、温泉地域に入り込むようになりました。

― 「Waku2 as life」では具体的にどのような活動をされていますか?

「Waku2 as life」では、地域資源について考えてもらうために様々なイベントを企画しています。たとえば、ワーケーションや夏休み中の子どもに向けたイベントを企画していますが、なるべくたくさんの人に参加してもらいたいので、楽しそうな企画を練って、企画を実現するたびに改良しながら探り探りやっている感じです。実際の目標は、多くの人にエネルギーの地産地消となる行動をとってもらうこと。そのため、地熱エネルギーのある場所に多くの人が集まり、そのまま地熱を熱として利用してもらって、無駄のないエネルギーの使い方をしたいという狙いがあります。そもそも、本当はみんながエネルギー利用者として関わっているはずなのに、エネルギーや資源のことを他人事だと思っている人がまだまだ多いのではないかと感じています。そこで、地域にある自然資源の存在を身近に体感してもらうことで、エネルギーやその地域に対して関心を持ってもらい、そこから自然資源やその地域への愛着を芽生えさせられるかもしれないと期待しています。一方で、単に「エネルギー問題を解決するんだよ」と言っても、なかなかみんな行こうとは思いませんよね。だから温泉地域で楽しいイベントがあると言えば、人が集まるのではないかなと思って活動しています。

― イベントを企画する上で大切にしていることを教えてください。

先ほども言ったように「エネルギー問題を解決する」と言っても、人を集めるのは難しい。それで人が集まったとしても、エネルギー問題を解決したい人だけが集まってしまって、考え方に偏りが出てしまいます。異なる意見や環境に触れない限り、人の意識って変わらないと思うし、多種多様な考えを持った人たちが集まらないと新しいことは生み出されないと思うんです。色々な人が集まる場所を作るにあたって、楽しいという「感性」が大切なんじゃないかなと感じています。以前、哲学的な研究者から「問題解決は問題設定から、問題設定は倫理観から、倫理観は人感性からくるものだ」という話を聞いて、すごく大事なことだと思いました。世の中の問題って、ある人にとっては問題でも、価値観が違う人にとっては問題と認識されない。私はエネルギー問題という問題から始めるのではなく、「感じる」ことから始めることで問題意識の違う人たち同士が集まりやすい場を作りたいと考えています。「楽しいよ!」というノリを優先してイベントを企画していて、その楽しさがみんなに伝わると、人が集まり、偶然の出会いが増え、その結果、何かが自ずと生まれてくるんじゃないかなと期待しているんです。異なる価値観を持った人と触れる機会を作るのは難しいですが、いかに偶然の出会いを作り出していくのかが重要だと思っています。

― コロナ禍で「Waku2 as life」はどのような活動をされていますか?

2018年からスタートした「Waku2 as life」は、今年で3年目を迎えます。メインで動いているのは4~5人ですが、今まで色々な企業の方と相談しながら活動してきました。2018年に活動の構想をしてから翌年の2019年にワーケーションの企画や子ども向けのイベントなどを実現したものの、世界的に新型コロナウィルス感染症が流行してしまいました。正直、あと1年くらい感染症の流行が遅かったらもう少し色々な仕掛けをした上で3年目を迎えられたのかなという気持ちがあります。ただ、活動を通してワーケーションやリモートワークなどを広めたかったのですが、コロナ禍で良くも悪くも自分たちの活動をしなくても広まったなと思います。コロナ禍で活動はあまりできていませんが、今は足場を固める時期で、来年か再来年に向けてさまざまなイベントを企画していきたいです。今後は「ワクワク」を計測できないかなと思っていて、脳科学や社会学を専門にする人の力を借りて楽しいことを企画できたらいいなと考えています。これからも技術の精度を高めていくだけではなくて、研究を進める上で「本当に必要なもの」を探るためにも色々な人と話す機会は大切にしていきたいですね。

「Waku2 as life」で活動している鈴木さん。

― 「Waku2 as life」で印象的だった出来事はありますか?

自然豊かな環境で子どもたちに思いっきり遊んでもらおうと、サマーキャンプを企画したときのことです。都会に住む子どもが現地の子と遊ぶ機会を作ったイベントで、子どもたちはウォータースライダーをしたり、川遊びをしたりしていました。ところが、都会から来た一人の子どもが参加して早速自分の足に泥が付いただけで泣いてしまったんです。その子のお父さんも自分の子どもが泥すら嫌がることにびっくりしていたのですが、その子が自然の中で過ごしていく間に、翌日にはもう自然の川や木で遊ぶことにも慣れて、しかも、その子がリーダーシップを取りながら現地の子や他の子どもたちと遊ぶまでになったんです。サマーキャンプで自然に触れるハードルを下げてあげていて、自然を体感したり、他の子たちと触れ合うことによって、初めは受け入れられなかった自然も受け入れられるようになり、その子にとっての自然に対する捉え方を更新してあげることができたんじゃないかと思うんです。そして自然との結びつきとか、自然への愛着とかを芽生えさせることができて、それらがゆくゆくは自然を大切にしたいという価値観に繋がっていくんじゃないかと思っています。都会では教えられないし、味わえないものが地域にはあるんだなと感じさせてもらった出来事です。

― 地域活性化という視点でも活動されていると思うのですが、鳴子温泉にはどのような想いがあるのでしょうか?

地域に入ろうと思ったのは、アメリカから帰国した後にアメリカ時代の友人が遊びに来てくれて、友人を大崎市鬼首地域の地獄谷に連れていったことが始まりでした。地獄谷のような場所は世界中を探してもなくて、彼女たちにも非常に喜んでもらえました。でも、地獄谷を降りて鳴子の温泉街を見ると、地域の活気をあまり感じられませんでした。このままでは貴重な温泉地域が疲弊して、宝の持ち腐れで終わってしまう。日本全体を考えてみても、日本が持っている自然資源に根ざした地域を作らないと持続的でないと思います。さまざまな面で日本の資源を生かすためにどうすれば良いのかを、みんなで考えれば日本はこれからも持続的な国になれるはずなんですよね。活動を始めたのも、温泉を活性化するには外からの視点で新たなものを取り入れる必要があると思ったし、みんなに日本の資源を持続的に活かすという視点を持ってもらいたかったからなんです。鳴子地域は豊かな森林が広がっているのですが、最近は温泉に限らず森林資源を地域のエネルギーとして活用しようとしている団体さんも活動していて、少しずつ何かが変わりそうな気配があります。私自身の役目としては、地元の人たちと、その地域に関心のない人たちをつなげること。たとえば、鬼首地域の地獄谷は考える前に感じられる場所だと思っているので、そういったところに人をどんどん連れて行ってみんなの意識を変えていきたいです。

「Waku2 as life」で地獄谷を見学する様子。

― 理系の研究者ではまだまだ女性の活躍が少ないのではないかと思うのですが、その点はどう感じていますか?

以前まではそれほど気にしていませんでした。でも、学部から修士、そして博士へと上がれば上がるほど私と同じような立場の女性がどんどん減っていきました。相談をし合ったり、何かを分かち合えたりする人が少ないというのは、今になって感じています。あとは、全員男性という集団の中に入っていかなければならないのが、すごく怖かったです。被害があったわけじゃないのに、全員が男性というだけで、その集団の中に入るのがこんなに怖いことだったんだと大人になってから感じるようになりました。実際に男性から私が女性だという理由で嫌なことを言われた経験もあります。ただ、嫌なことを言われる側も辛いけど、言ってしまった方を考えると、その人はその人で苦労されていて、今まで色々な辛い思いをされていると思うんです。世の中はだいぶジェンダー意識が高まっていますが、今はその歪みを解消するためにお互いが我慢しなきゃいけない時だなと感じています。

― 最後に、研究者として「問い」を持ち続けるために大事にしていることを教えてください。

考えることや問うことは、1人でいるとだんだん忘れていきますよね。人が何かを考え続けるためには、自分以外のものと関わったときに生まれるギャップがあるからだと思うんです。もちろん、それは旅でも読書でも良い。私の場合は問いを持ち続けるために、人に会ったり、旅に出たり、本を読んだりすることを大事にしています。最近はコロナ禍で「Waku2 as life」の活動を縮小していましたが、それは人と会えなかったことから、自分の考えを更新することができなくて、次の行動を起こすことができていなかったのかなと思うこともあります。なので、出会う、問う、考える、行動する、そしてまた出会う、この循環を絶やさないようにしていきたいと思っています。これからも新たな問いを持ち続けるためにも、自分と異なる領域にいる人と積極的にコミュニケーションを取っていきたいですね。

前編 > 後編

鈴木 杏奈(すずき・あんな)

宮城県大郷町生まれ。2009年に東北大学工学部機械知能・航空工学科を卒業、2014年東北大学大学院環境科学研究科で博士号を取得。その後、スタンフォード大学エネルギー資源工学科、東京大学大学院数理科学研究科でポスドクとして、持続的な地熱エネルギー開発のための流れのデザインに関する研究に従事。2016年11月より東北大学流体科学研究所に所属、米スタンフォード大学客員研究員。2014年日本地熱学会研究奨励賞。2021年11月より准教授。

研究の傍ら、2011年3月に東北大学地域復興プロジェクト”HARU”を立ち上げ。2018年には温泉地域を拠点に、ワクワクを共有する「仲間」や「場」をつくることを目的とした活動「Waku2 as life(ワクワクアズライフ)」を開始。異分野異業種の人々や地元住民とともに、リモートワーク合宿やサマーキャンプなど様々な取り組みを行っている。

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