知をひらく① 後編|深澤遊(東北大学 大学院農学研究科 助教)
菌類の生態は分からないことだらけ。
でも、そこが面白い
現在は東北大学農学部で助教を務め、菌類の生態や、菌類と他の生物との関係性を研究をしている深澤遊さん。生き物好きが高じて菌類の生態を研究することになった深澤さんは、研究のみならず菌類の特性を利用したプロダクト作りにも積極的に取り組んでいます。後編は未知なる菌類の世界や、深澤さんが思う「クリエイティブ」についてお聞きしました。
― これまで行なってきた研究ではどのようなことが分かりましたか?
菌類の種類によって枯れ木の分解の仕方が違うのですが、僕の研究でも倒木の腐り方がコケや変形菌、樹木の芽生え、さらにそれらの関係性に影響することが分かってきました。たくさんの菌類によって枯れ木が分解されることで、多様な生物が枯れ木を利用して生きられるようになります。そうすると、森林を住処とする生物がどんどん多様化していくでしょう。また、枯れ木の腐り方が違えば、分解される過程で発生する二酸化炭素の量にも違いが出ます。日本の30ヶ所でアカマツの枯れ木を調査した結果、寒いところでは白色に、暖かい場所や病気で大量に枯死した場合では褐色に変色しやすいと判明しました。褐色に変色する枯れ木は、白色に変色したものと比べて二酸化炭素の放出量が少ないはずなので、環境の変化で腐り方が変わるのならば森林から空気中への炭素放出に影響する可能性が高いんです。あと、最近分かってきたのは、菌類に決断力や記憶力があることです。菌類は脳や神経系を持っていません。それでも決断力や記憶力があるということは、菌類は僕たちとは全く異なる仕組みで知性を持っているのかもしれません。分からないことだらけの菌類ですが、そこがこの分野の研究の面白いところだと思っています。
― 菌類に決断力や記憶力があるとは驚きです。
菌を蔓延させた角材(エサ)を2つ置いたシャーレと、3つ置いたシャーレを隣り合わせで比べて菌糸の生長過程を見る実験をしたのですが、最終段階では一方が乾燥して、もう一方は湿っていて菌糸が生き生きしていたんです。しかも乾燥している方に広がっている菌糸が、エサが1つ多い隣のサンプルにまで菌糸を伸ばしていました。もともと2つのシャーレを菌糸で繋げる意図はなかったんですけど、水分も吸いながら全て体を移してきた。だからエサが少ない方が乾いちゃったんだと思います。エサが1つ多いことが分かった上で引っ越してくると考えると面白いなと思います。また、似たようなシステムで実験をした結果、元々あるエサよりも大きいエサを見つけると完全に大きい方に引っ越しちゃうんですよ。つまり、菌が見つけるエサの大きさによって引っ越すかどうかを決断しているんじゃないかと思います。あとは、エサの角材と繋がっていた菌糸を取り出して新しいシャーレの上で生長させると、エサがあった方向によく伸びるんです。このことから菌は記憶力も持ち合わせているとも考えられます。
― 菌糸の集合が血管のようにも見えますし、自由を感じます。人間などの動物には脳や心臓などがありますが、菌に「中心」はあるのでしょうか?
菌に中心はなくて、バラバラに切られてもそれぞれ生きられます。菌と僕たちでは生き方の論理が全く違う。たとえば、菌に迷路を解かせる研究もあるのですが、そもそも菌にとって迷路の意味がない。人間は選択肢があると選ばなきゃいけないけど、菌はいくらでも枝分かれできるから分かれ道があったとしても全方向に行けるんです。菌類の研究をやっていると面白いことがたくさんあって、先ほどの角材のエサを与える実験では、菌がエサを発見すると、発見したエサから遠い部分のコロニーまで生長の活性化が見られました。おそらくエサの発見をコロニー全体で認識しているんじゃないのかなと思うのですが、分からないことだらけです。
― これからの研究ではどんなことを目指していますか?
もっと広い範囲で調査を重ねて、地球規模で枯れ木が分解するパターンを見つけたいです。そのメカニズムを室内実験で個々の菌類を培養させることから解明し、大きなパターンの将来予測へとフィードバックさせていきたいと考えています。1番の楽しみは、調査や実験の過程で出会う新しい生き物やその能力を自分で見つけることですね。
― もし研究をしていて辛いことがあったら教えてください。
辛いことはないですね。研究のアイデアが浮かんでこなくなったらすごく苦しくなりそうですが、研究職が自分に一番向いているなと思います。強いて言えば、リフレッシュは山登りでしょうか。研究のための調査で山登りはしますが、調査場所では色々な作業をするので肉体的にもしんどい。でも、リフレッシュのための山登りは歩いて頂上まで行くという感覚なので、同じ山登りだとしても違う気分を味わえます。
― 仙台の周辺地域で研究する環境にはどう感じていますか?
東北大学で研究職をするまでは、さまざまな業務がある中で研究の時間を見つけていたので、研究に集中できる今の環境はパラダイスです。研究者としてやっていくには学術論文に触れないと進まないのですが、東北大学は規模が大きい大学だからアクセスできる学術雑誌が多くて感謝しています。僕は普段、仙台ではなく鳴子温泉に近い川渡のフィールドセンターにいますが、周りは山だらけで、しかも温泉がある周辺環境にはとても満足しています。鳴子温泉周辺は一人でじっくりものを考えるには最高の環境だと思います。仙台も、東北大学の植物園がすぐ近くにあったり、立派な並木のある通りが何本もあったりと、都市の森林環境を考える上でとても面白い街ですよね。
― 地方を拠点とすることで困ることはありませんか?
中心都市にある大学のように、議論ができる仲間が周りに少ないのは寂しいです。でも最近はオンラインで世界中どことでも繋がれるので、川渡のような遠隔地にいることのデメリットはだいぶなくなりました。鳴子温泉地域は「こけし」が有名ですが、最近は枯れ木を使った「菌類のコロニーが見えるこけし」を試作してもらいました。枯れ木に浮き出る模様は、実は菌同士が暮らしているエリアの境界によって作られているんです。「菌」と「こけし」のコラボは、鳴子地域だからこそできる試みだと思います。
― 「菌」を使ったクラフトはとても面白い試みですね。
こけしに関しては、一般のこけし工人さんに依頼したら嫌がられてしまうと思うんですよ。菌が入ってる枯れ木を工房に持ち込むなんて言語道断ですから。でも、「菌類のコロニーが見えるこけし」を作ってくれたのは伝統的というよりは、こけしを取り入れたクラフトを作っている地元の方です。こけしの土台にはちゃんとキノコを残してもらったのですが、ろくろを回転させて頭や胴を形作るときに遠心力で飛んだらダメだからかなり神経を使ったと思います。小さいほうのこけしは白いエリアと黒っぽいエリアがありますけど、白い方は「カワラタケ」が木を腐らせたものです。色でキノコの縄張りの境界線が分かるのが面白いですよね。
― 唯一無二の柄だから顔を作らなくても表情がしっかりと感じられます。他にも「菌」を用いたクラフトはありますか?
「菌類のコロニーが見えるこけし」は依頼して作ってもらいましたが、「ニョロニョロ」と名付けたものは僕が作りました。これは森で拾ってきた倒木や枯れ木から木の皮を剝いで作っていて、こけしと同様に菌の領域が分かるプロダクトです。実は菌を使ったプロダクトは、海外でエレキギターのボディにも応用されていることもあるくらい、魅力的な模様ができあがるんです。ニョロニョロは一時期熱中して作り始めたのですがナタで木の皮を剥いでいたので、だんだんと手が痛くなってきちゃってやめました。手の痛みは半年くらい続きましたが、最近は痛まなくなったのでまた作り始めています。
― 研究内容を積極的にプロダクトに生かされていると思うのですが、研究をする上でクリエイティブの重要性はどういったところに感じていますか?
僕にとって「クリエイティブ」は新しい価値観を創造することだと思っています。研究者がそれをするためには、ひたすら自然や生物をよく観察する必要があります。そこから自然の仕組みを明らかにして新しい価値観への気づきから始まることが多いので、「創造」とは呼べないかもしれません。でも、人間が今まで持っていなかった価値観を導入するという意味では創造と言えますし、研究において最も重要なことだと思います。でも学生時代に動物占いか何かをやったのですが、そこには「創造性が低い」と書いてありました。うすうす自分に奇抜なことを思いつく能力があまりないとは気づいていたけれど、そのときは結構ショックを受けました。ただ、研究者として自然や生物を集中して観察すれば、誰も気づけなかったことを発見できる場合があるので、今ではそれが救いになっています。
― 最後に、クリエーターとのさらなる協働に興味や魅力を感じることがあれば教えてください。
両親と妹が共にアーティストなこともあって、クリエイターの方とぜひ一緒に仕事をしたいと思っています。あらゆる形態でのコラボに興味がありますが、「枯れ木」や「菌」ぽい作品が作れたら面白そうですね。
前編 > 後編
深澤 遊(ふかさわ・ゆう)
2008年、京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻博士後期課程修了。2017年4月から2019年3月まで、英国Cardiff University School of Bioscience 客員研究員を務めた。現在は、東北大学大学院資源生物科学専攻の助教として活躍中。専門は森林生態学。