震災とクリエイター① 後編|安藤歩美(TOHOKU360 代表)× 井上きみどり(取材漫画家)
震災と原発に向き合うために、私たちが今できること
東日本大震災から11年。ジャーナリストと取材漫画家という立場で、震災と向き合ってこられた安藤さんと井上さん。後編では、お二人が直面してきたクリエーターが抱える対価の問題。そして、時間の経過で表われた自身と被災地域の変化や震災の教訓を糧に器用に生きられない、日本人のクライシスマネジメント問題についてご対談いただきました。
― 順風満帆に見えるお二人でも、それぞれに苦労や課題はあるかと思います。これからのクリエイターという職業において、懸念されていることはありますか?
井上:難しいですよね。少し前のデータでは、漫画家も含めた国内の「作家」と呼ばれる人たちの中で、作家業だけで生活できている人たちは2割以下でした。いまはもっと少なくなっている気がします。
原稿料の格差が顕著に表れるのは、ウェブサイトの仕事。「今回だけ掲載」という条件のものでは、原稿料が半分になることが多々あります。
安藤さんはサイトを立ち上げてから、大変だったことはありますか?
安藤:当サイトは基本的に広告を取っていますが「儲けてます!」というメディアでは全くないんです。私自身の生活費は多媒体に記事を書いたり、広報の手伝いなどいろんなお仕事をして得てきました。
独立した当初は貯金がどんどん減って、通帳残高2,000円になったこともありましたけど。(笑)
井上:えー!
安藤:驚きますよね。本当に試行錯誤でした。自分がやりたいことに対して、お仕事とは切り離したライフワークとして取り組む形もあるし、私のようにいろんなお仕事を組み合わせる形もあるし、一人一人が自分にとってバランスのいいところを見つける作業が必要なのではないかなと思います。
井上:私の場合は仕事ができる「場」を探して、なんとかやっていくことはできました。でも、これから始動される方は発信するだけではなく、それをお金に変えるシステムも作っていかなくてはならないから大変だと思います。それをやらないと、どんどん生み出すものの質が悪くなっていくでしょう。
そういう情報がどんどん世の中に溢れてしまうのは、とても怖いことだと思うんです。だから、なんとかお金に変える仕組みができたらいいなと思います。
いまは誰もがスマホを持っていることで「発信者」になることができます。しかしそこで、プロとSNS発信をする人たちは確かな違いがあって当然ですし、プロがしっかりと差別化させていくことが大切だと思うのです。そこをはっきりさせられれば、クリエイターへの対価が認められていくはず。
私もボランティアでたくさんの漫画を描いてきましたが、最近は「ちゃんとお金を払わせてください」と言われる機会が増えました。仕事に対する「対価」を意識してもらえるようになってきたのを感じます。きちんとした情報発信はとても貴重なもので「一般の人と違うものなんだ」ということが、もっと認知されたらいいですね。
― 震災から見えてきた、被災地域の「変化」について教えてください。
井上:被災当事者の方が「こっからなんだよね」と、話しているのをよく聞くようになりました。その言葉に私は、被災地域の未来にすごく希望を持ったんです。実際に、荒浜や岩手では面白いことをされている方がたくさん出てきていて「ここからの物語ってあるんだな」と期待しています。
「人間の力は一人だと大きくはないけれど、続けることで色々な繋がりができて、町にいきいきとした集まりが生まれるんだよ」と、その人間の強さを次世代の子どもたちには、伝えていきたいと考えていました。
安藤:震災の数年後くらいに初めて取材させていただいた方がいたのですが、当時はなかなか意思疎通ができずにいました。メディアって無理やり枠に当てはめるじゃないですか。すごくわかりやすく書くというのが根底としてあり、いま思うとその方はそういうのに疲れていたのかなと思います。
2年前くらいに改めて取材をお願いしたところ、当時とは別人のようでした。とてもフランクな雰囲気になっていて、笑顔が多く本音も話してくださいました。当時は「自分の責任を果たさなきゃいけない」と、気負っていらしたのではないかと思うんです。一方で私のことも「そんな人だったの?」と同様の反応をされたので、私自身も「震災のことを伝えなきゃ、伝えなきゃ。悲しいことをそのまま書かなきゃいけない」と、何かに捕らわれていたのかもしれません。私含め、当事者の皆さんも肩がほぐれてきたのかなと感じています。
井上:人としての繋がりができて、やっとスタートラインに立てた感じですよね。
安藤:そういった意味ではそうかもしれません。だからその方の「これからは楽しんでもいいし、笑ってもいいんだよね」という言葉がとても印象的に残っています。
井上:多様な変化は、私もものすごく感じています。2021年の春に、伝承交流施設『MEET門脇』(石巻市)に被災当時小学生だった6人を取材して制作した漫画動画が常設展示されることになりました。内容は、20歳前後になり自主的に語り部の活動をしている6人のお話を聞いて、それぞれ動画にしたというものです。小学生だった子どもたちが大人になっているということがとても感慨深く、しかも「自分たちが体験したことを次の災害で子どもたちに体験させたくない」と話していて、時の流れを感じます。
しかし、語り部で震災の話をするごとに、彼らは震災を追体験していることにもなるので「そこまでして伝えたいのか」と頭の下がる思いです。私利私欲のために何かをするのではなく、次世代の子どもたちのために話をする姿勢が、心配でもあり。
安藤:「話すことで人の役に立つ」と自身を奮い立たせているように感じます。
井上:ちょっと矛盾しているのだけど、自分の癒しになっているのかもしれません。両親を亡くしていることや目の前で何十人と人が亡くなっていく話をするのだから辛いことには変わりないはず。いまはまだ若くて肩に力が入っているけれど、いつかこの先時が経って「やってきてよかった」と荷を下ろせる日がきてくれたらいいですよね。この11年間は、人それぞれ、本当に特別な11年だったのだと思います。
― 被災地域の変化を見てきたお二人ですが、いま関心を高めていることはありますか?
安藤:私は震災前、原発について無意識に「絶対に大丈夫だろう」と日本の技術を信じて疑わずにいました。しかし、原発事故で原子炉にヘリコプターやコンクリートポンプ車から水を投下しているのをみて「こんな最新の施設がなんで」と愕然としました。だから、当たり前なことなんてないのだと思ったんです。そういう意味でも、私にとって震災は価値観がひっくり返るほどの経験でした。
私も含めてですが「原発事故があったけれど、その後どうすればいいのか。電気も大事だし、これから先どうするの?」と、日本全体で考えられていないんですよね。震災が起きてからのことをしっかり総括できてない上に、反省もできていません。長期的に色んな問題を「考える」ことが、これから私たちの課題だと思います。
福島原発にはずっと関心があり、これから原発をどう残していくのか気になるところです。例えば、原発事故があった場所がどうなるのかを考える時、戦争の遺構であったりチェルノブイリのことを調べたいとも思っています。
井上:新型コロナウイルスへの日本の対応は、福島原発の二の舞をすごく感じます。
安藤:そうですよね。結局、技術的なところというよりは政策的なところ。いま、ラジオにも出演させていただいているんですが、福島の方から「今回のコロナ政策をみていて、全然原発事故のことが反省されていない」とお便りが来たこともありました。
井上:結局、国民の自主努力に頼るしかなく、そして日本人は努力できてしまう。加えて「時が経てば、日本人は忘れやすい」と見透かされているようで悔しいですよね。しかし安藤さんが仰っているように、私たちも日々の忙しさに追われてしまうと「考える」ことをしなくなってしまいます。
安藤:本当にそう思います。
― 一人一人が自覚するだけではなく、日本社会の風潮も変わっていかなくてはならないですよね。そうしたデリケートな課題などを「伝える」ために、大切にしていることや心がけていることは?
井上:震災や福島原発は、漠然として壮大なテーマ。これをどういう風に伝えていくかというのは、とても難しい問題ですよね。だけどそれを「震災を忘れちゃいけないし、(原発事故を)なかったことにされてはいけないんだよ」と、現地の言葉を拾い集めて発信していく必要性をこれから伝えていきたいと思います。
安藤:きみどりさんには漫画というアプローチがあるから「羨ましい」といったら失礼かもしれませんが、とても情報が入ってきやすい媒体ですよね。
井上:そうですね。だからこそ「伝え方」のアップデートが必要だと思っています。脅したり怖がらせたりというやり方は、これからは全く意味をなさないというか。過去の防災は「死にますよ。命を守りましょう」みたいな感じでしたが、なんとなく最近は変わってきているのだと思います。そうやってアップデートしていくというか、上手に馴染ませていくっていうことって必要なのかなって。
安藤:井上さんは「初めて会う人にはフィルターを持たないようにしている」と仰っていますが、結構難しいですよね。
井上:難しいです。でも大衆心理が変わらないと、新しい情報がアップデートされにくいし、見えづらい気がします。
最近は、変わらない構造というのも勉強しなければならないと考えています。福島の問題について、国際社会学の先生も世界の紛争に引き寄せて発信されているので、次はそのことを漫画にできたらと思っています。
ところで、安藤さんは全ての記事をチェックされているんですか?
安藤:現在、記事は私が全部見ています。市民メディアに参加いただいている方は約60名いらっしゃいます。記事内容によっては、ライターの意図しないところで善悪の標的にされてしまうものもあると思うので、気をつけています。
― これから取り組みたいことや発信していきたいことを教えてください。
安藤:サイトの立ち上げ当初から考えていることでもあるのですが、これから益々地方から記者が減っていくと思うのです。情報発信の中心は今も東京で、これからはそれが加速していき、伝えられない「空白」の場所がもっと増えてしまうのではと危惧してきました。それを住民の方が情報を発見できるノウハウや知識を得ることで、その情報の空白や地域ごとの価値観などを反映させたニュースをつくるという仕組みをライフワーク的に続けていければいいなと思っています。
井上さんは今後、描きたいものなどありますか?
井上:私はもう年齢的にも目もカウントダウンに入ってきているので、新しく何かというのはないです。(笑)
安藤:漫画家の方はみなさん、目を酷使しますよね。
井上:光を見続けてもう30年。今は漫画をiPadで描いているのですが、以前はライティングボックスという蛍光灯が入っているボックスで作業していました。これで2時間くらい描くと、道路標識も見えないくらいぼやけちゃうんです。
でもそんな中でも、描き残していきたいものはあります。仙台の荒浜のこと、そして震災のこと。コロナの影響で被災地域のことをしばらく描けなくなっていたというのもあるのですが、潜在的に私に近しいところはずっと避けていたのだと気づきました。これまでずっと石巻や気仙沼、岩手の大槌、福島の話ばかり取り上げてきたんです。
だからこれからはきちんと向き合って、荒浜の11年間とこれからについて物語を描きたいと思っています。それを「うっかり読んじゃったけど、震災の話だったんだ」のようにライトな感じで受け取ってもらえる形でまとめたいです。さらに、南海トラフ地震などに備えてもらえたり、今後の生活に役立つ発信の仕方ができたらいいなと構想を練っています。
安藤:素敵ですね。私も震災の報道をしてきたといっても書ききれていないし、まとめきれてないなとずっと心に引っかかっています。個人的にはニュースを書いたり、メディアで発信したりと、忙しない生活をしてきてしまったと感じることも。だから、もうちょっと長いスパンでゆっくり物事を「考える」ということをしたいと、最近はよく気をつけています。
井上:私もこれまでは、家でゆっくり過ごす時間がなかったなと思います。だから今、自宅の庭をレモンや南アフリカの果樹とかも買って果樹園にしようと頑張っているところです(笑)来年にはシャインマスカットが実る予定なので、ぜひ遊びにきてください。
安藤:果樹園、素敵ですね。シャインマスカット狩り、楽しみにしてます!
安藤 歩美(あんどう・あゆみ)
「TOHOKU360」代表・編集長。1987年千葉県生まれ、仙台市在住。東京大学公共政策大学院修了後、新聞記者として宮城県に赴任し、被災地の復興を取材。独立後2016年に東北の住民みんなでつくるニュースサイト「TOHOKU360」を立ち上げる。毎週木曜日にNHKラジオ第一「ゴジだっちゃ!」とNHK仙台「てれまさむね」に出演中。
TOHOKU360 https://tohoku360.com
井上 きみどり(いのうえ・きみどり)
取材漫画家。関西生まれ、広島育ち。仙台在住。1991年、第1回YOU漫画大賞で漫画家デビュー。震災復興、福島の問題、女性と子どもの医療、国際協力、ジェンダーなどをテーマに作品を発表。2020年2月より「自由な場で自由に描く」を方針として活動中。
著作一部抜粋 「半ダース介護」「わたしたちの震災物語」「オンナの病気をお話ししましょ。」「マンガでわかるコドモの医学」(全て集英社刊)
井上公式サイト 「きみどりbook café」
「きみどり文庫」 https://www.kimidori-inoue.com