【連載】ぼくらは、デザイン論をカウンターで語る。NON DESIGNERS DESIGN RULE 太田伸志|第二回「Louver」土井祐嘉

仙台で活躍する経営者たちのほとんどが、⾃分のことをデザイナーとは名乗らない。しかし、デザインとは本来、課題解決のためのプロセスだ。そう捉えれば、彼らの仕事や判断の中にある“無意識のルール”は、驚くほどデザインに満ちている。クリエイティブカンパニーSteve* inc.代表で、コーヒーと⽇本酒を愛する太⽥伸志が、⻑年抱いてきた仮説を確かめるために、彼らが経営するお店を訪ねる連載企画。カウンターの向こうにある、デザイナーこそが本当に学ぶべき「名もなきデザイン論」とは。

1991年宮城県仙台市生まれ。Louver、ill、adaptなど複数のカフェやウエディングビジネスを多角的に手がける会社、PARADIGM SHIFT代表取締役社長。最近ではweather coffee roasteryという名称で、天候を切り口としたロースタリーを立ち上げるなど、仙台から新しいカルチャーを生み出し続けている。 
1977年宮城県丸森町生まれ。東北学院大学経済学部卒。東北と東京を拠点とするクリエイティブカンパニー、Steve* inc.(https://steveinc.jp)代表取締役社長。企業や地域の現場に身を置きながら、プロセスとしてのデザインを実践し続けている。東北芸術工科大学講師。コーヒーソムリエ、唎酒師。
第二回「Louver」土井祐嘉のデザインルール
相反するものを、同時に成立させる。
朝市商店街に吹く、新たな風。
冷蔵庫の扉を開けた瞬間、顔を撫でるひんやりとした空気が好きだった。子どもの頃、外でさんざん走り回って帰って来たあと、本当はすぐに麦茶を飲みたいはずなのに、なぜかその風をしばらく浴びていた。早く閉めなさいと母に怒られながらも、しばらくその場を離れなかった記憶を思い出す。
仙台駅から徒歩5分ほど。朝の空気を浴びながら、仙台市朝市商店街を歩く。あの時感じた冷蔵庫のような、というのは少し違うかもしれないが、僕はしばらくこの通りにいたいという気持ちになっていた。店先に積まれた氷や、魚介のケースの隙間から漏れる冷気が、生温いアスファルトの上に流れ込み、そこに威勢のいい声が重なる。そうして、空気に心地よい層が生まれている。そんなこの通りの温度が、懐かしさを帯びているせいかもしれない。
だが突然、通りの先に歴史ある商店街とは別世界のようなカフェが現れた。通りに面した大きなガラスに映り込む静かな光。緑の壁面には柔らかな書体で店名ロゴが刻まれている。Louver(ルーバー)。なぜ、ここに。そんな違和感を抱えながら扉を開けると、暖かく穏やかなざわめきと、ふんわりとひきたての豆の香りが広がる。この空気をつくっているのは、カウンターの向こうでコーヒーを淹れているその人だった。この違和感は、設計されている。そう直感した。今思えば、あのとき感じたのは温度そのものではなく、街の空気の切り替わりだったのかもしれない。
一途な想いを貫き通す、長距離走者。
土井祐嘉は、長距離走者のような人だった。
中学生の頃から、「起業する」と決めていたという。そのために必要なものを、30歳までに逆算して積み上げていく。大学では経営学部を選び、社会人になってからも、IT、営業、マーケティングと経験を重ねていく。一見バラバラに見える選択も、本人の中ではすべてが一本の線でつながっていた。
「ずっと、社長になりたかったんです。すべてはそのための経験だと思っていました」
長町に生まれ育った土井さんにとって、「仙台」とは仙台駅前を含む中心部のことを意味していた。買いものに行くときは「仙台に行ってくる」という感覚。周りがJ-POPについて盛り上がる中で、あえてAerosmithやOasisを聴き、同級生が誰も知らないブランドについて学びながら古着屋を巡る。それは、少し上の世代と話すためでもあった。自分の知らないことを知っている人と会話することが、とにかく楽しかったのだという。
「長町も仙台でしょう、と思われる方も多いかもしれませんが、僕からすれば遠かったんです。音楽にしても、ファッションにしても、詳しい人は中心部に集まっている。物理的な意味とは違う距離を感じていました」
その距離は、年齢を重ねながら憧れへと変わっていった。いつか仙台の中心部で勝負したい。だが、学生時代から幅広いカルチャーに興味を持っていた土井さんにとって、東京に出るという選択肢もあったはずだ。仙台よりも東京。そうした選択肢もある中で、なぜ土井さんは歩まなかったのだろう。
「東京に移住して自分を変えてもらうよりも、自分が起業して仙台を変える方が、時間はかかるけれど楽しいと思ったんです」
目の前の選択ではなく、その先にある未来から逆算することで、自分が歩むべき道を見極める。土井祐嘉という人物を紐解く鍵は、その視点の距離の長さにあった。
同時に、どっちもやるから魅力的。
店内を見渡していると、どこか違和感があった。カウンターで雑談に花を咲かせる者。奥の席で読書をしながらゆったり過ごす者。そうだ。この空間には、異なる性質のものが同時に存在している。
「どっちもやるから魅力的だと思うんです」
眩しい日差しが差し込み、気軽に立ち寄れる入口近くのカウンター席と、壁に囲まれることで、人目を気にせずゆったり過ごせるテーブル席。空間を司る色も、カウンター側は高揚感のあるサーモンピンク。テーブル席は落ち着いたモスグリーン。本来であれば、お店のコンセプトもインテリアもどちらかに寄せた方が分かりやすい。設計もその方が簡単だ。だが、土井さんは続ける。
「売上と格好よさのどちらを優先するのかと問われれば、僕はどちらも大事と答えます。売上を上げるなら格好良さが下がる。格好良さを上げるなら売上が下がる。そう語られることも多いですが、僕はそうは思いません。二律背反を目指したいんです」
矛盾を解消するのではなく、矛盾を抱えたまま成立させる。たとえば、回転率だけを考えれば席数や動線はもっと効率化できるはずだ。だが土井さんは、あえて“滞在の余白”を残しているという。その考え方が、この空間にも現れていた。そうか、と腑に落ちた瞬間、同時にそれは簡単なことではないとも感じていた。
「そう、だからアーケード沿いや一番町ではなく、朝市商店街だったんです」
空間デザインだけではない。出店場所も同じ哲学で選ばれている。歴史の長い朝市商店街に、あえて洗練されたカフェをつくる。おじいちゃんおばあちゃんや家族連れ、若者や観光客が入り混じるこの通りの中心にこの店があるから魅力的なのだ。土井さんは人の流れや客層の振れ幅も含めて、この場所の方が長期的にブランドが育つと考えたのだと思う。そのこと自体が、ひとつの設計のように思えた。
デザインとは、感度を少しだけ先に進めること。
朝市商店街に店を構える理由は、単なる物件の問題ではなかった。本来想定される立地とは、明らかにズレている場所だ。だが、むしろその「ズレ」こそが重要だったのだ。もし最初から、洗練された店ばかりが並ぶ場所に出店していたとしたら、違和感なく受け入れられていただろう。だが、それでは意味がない。この立地だからこそ生まれる違和感がある。土井さんは続ける。
「違和感をつくることは常に意識していますね。でも、本当に大事なのは、それが受け入れられていく過程だと思っています」
最初は浮いて見えていたものも、時間が経つにつれて馴染んでいく。この商店街もまた、そうやって変化してきた場所なのだろう。この商店街の歴史をなぞりながら、ゆっくりと形を変えていく。その変化の流れそのものを、土井さんはデザインしているのだ。
「新しいものだけで塗り替えるのではなく、古いものと新しいものを混ぜたいんです」
実際に、この店ができてから朝市商店街では少しずつ変化が現れている。若い世代の来客が増え、これまでとは違う人の流れが生まれつつあるという。また、ストリートスニーカーカルチャーの先駆けであるセレクトショップ「Atomos」と、フランスのアウトドアブランド「SALOMON」とのコラボイベントの会場として選定。全国的なカルチャー紙「Casa BRUTUS」にも、新しい波が感じられる全国最新カフェとして紹介されるなど、その勢いは止まらない。確かに、新しいだけではここまで注目は集まらないだろう。人は、どこかで違和感に惹かれてしまうのかもしれない。ただ、そういった変化を起こすまでには、一定の時間と試行錯誤が必要だったはずだ。
「街の感度を、少しだけ先に進められたらいいなって」
10年、20年という時間をかけて、街の感度そのものを、内側からゆっくりと育てていく。今は違和感として受け取られているものが、やがて当たり前になっていく。すぐに結果が出るわけでない。短期的な売上だけを見れば、効率の悪い判断も多いのかもしれない。だが、この“わずかな差分”の積み重ねが街の基準を更新し、結果的に回収フェーズへと辿り着く。それこそが、土井さんのデザインなのだろう。そしてその変化は、すでに仙台で静かに始まっていることに、僕は希望を感じた。
そして風は、街の空気となる。
窓の外を見ると、さっきまでと同じはずの風景がどこか少し違って見えた。
先ほどよりも、空気の層がより細かく感じられる。散歩するおじいちゃんおばあちゃんの声。熱々のコロッケを分け合う家族連れ。笑顔で肩を寄せ合いカメラを向く観光客たち。店先で購入した生牡蠣を頬張る若者。そして、その層の一番上に流れ込むのは、このカフェから生まれる静かな風。それは、ゆっくりと、ほんの少しだけこの通りのリズムを変えている。目には見えない。けれど確かに、この通りの空気に影響を与えている。土井さんは言っていた。
「Louverって“風路”という意味なんですけど、温かい風も、冷たい風も、激しい風も、柔らかい風も、すべてが無形で混ざり合いながら動き続ける。排除するのでもなく、分断するのでもなく、融合しながら街の空気をつくっていきたい。そう願ってつけた店名なんです」
冷蔵庫の扉を開けたとき、顔を撫でたあのひんやりとした風。子どもの頃は、それをただ心地よいものとして受け取っていた。けれど今は、その風がどこから来て、どこへ向かうのかを、少しだけ考えるようになった。
「仙台を、もっとオープンな街にしたいですね」
そう語る土井さんは、野心というよりも、ただ自然に夢を語っているように見えた。窓を開ければ、新鮮な風が入り込み、もともとあったものと混ざり合い、新しい空気が生まれていく。その変化は、気づかないほどに自然なのだろう。けれど確かに、始まっているのだ。静かに、少しずつ。それは、心地よさというよりも、ほんの少しだけ基準がずらされた感覚なのかもしれない。そして、そのズレは意図されたものだった。
インタビューを終え、店から出た僕は深呼吸をした。そろそろ春だな。そんな気がした。
写真:SENCE OF WONDER
インタビュー・⽂:太⽥伸志(Steve* inc.)

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