OF HOTEL|前編:仙台発のリノベーションホテルができるまで
リノベーション会社「株式会社N’s Create」の代表取締役で、このホテル運営のため新たに「株式会社 COMMONS.」を設立した丹野伸哉さんと、このプロジェクトのクリエイター・マッチングを担当した元「So-So-LAB.※」コーディネーターの長内綾子さん、ロゴや館内サイン等のグラフィックデザインを手がけた「株式会社BLMU」の松井健太郎さんによる鼎談から、OF HOTELができるまでを伺った。
※So-So-LAB.(そーそーらぼ):2012年度より「とうほくあきんどでざいん塾」の名称で仙台市と協同組合仙台卸商センターの協働事業としてスタートしたクリエイティブ支援事業。ワークショップやセミナー、相談会の開催、マッチング、伴走支援など、仙台市域の中小企業とクリエイターを、デザイン活用の視点からサポートしたほか、フリーマガジン『TAD』の発行を通して、クリエイターの学びの場、活躍の場づくりを行った(2022年3月に事業終了)。
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長内:OF HOTELの建物は、もとは古くからあるビジネスホテルでしたが、どのような経緯でリノベーションホテルに変わったんですか?
丹野:最初はオーナーさんから「不動産をどう利活用していくとよいか」と相談されたんです。その際に、建替えやリフォーム、リノベーションという選択肢を提示させてもらいました。オーナーさんと様々な活用法を検討した結果、再建築しても既存建物より容積率確保ができなかったため、既存建物を活用するのがよいとの結論に至りました。運用できる床面積が多くビジネス面で有利である点に加え、建物を解体して新築するよりCO2削減に寄与する点でも時代に合っているなと。それならば「我々にしかできないこと」をやりたいと考えて、OF HOTELの構想がスタートしました。
長内:仙台には老朽化した物件でシェアオフィスなどへリノベーションする案件がいつか誕生していますが、ホテルはありませんでしたよね。ホテルって、基本的には外から来る方向けにつくられるもの。でもOF HOTELは地域に開かれたものとして計画されました。
丹野:ホテルはリノベーションの会社を始めたときから絶対にやってみたかったんです。そもそも、私自身、仙台に地域性を意識した物件が少ないのが気になっていて。そんなときに、弊社の社外アドバイザーでもある「u.company株式会社」の代表・内山博文さんが今回のプロジェクトの企画・建築プロデュースを担当されることになり、「リノベーションホテルにしてみないか」と提案されました。内山さんは、数々のシェアホテル※を手がけた実績もあり、一般社団法人リノベーション協議会の会長も務められています。
※シェアホテル
素泊まりやドミトリーといったリーズナブルな宿泊スタイルが多く、共用のバス・トイレやキッチンなどを用意している。
長内:建築家の方はどのように決められたのでしょうか?
丹野:建築家は、内山さんから「納谷建築設計事務所」の納谷新さんを推薦されました。納屋さんは秋田県出身であり、リノベーションのパイオニア的な存在でしたので、東北にゆかりがある方で、さらにプロジェクトを推進できる人として、ぴったりだなと。
長内:リノベーション工事がスタートした頃、ここで丹野さんと初めてお会いしたのを覚えています。以前よりつながりのあったという「Gallery TURNAROUND(仙台市青葉区大手町)」の関本欣也さんと共に企画されたトークセッションが2日間にわたって行われましたが、コロナ禍でのホテルの在り方やまちづくりの視点、アートやクリエイティブとの関わり方まで話し合われていたのが印象的でした。「旅をする面白さって、その土地の人と触れ合うことだよね」という話を発端に、ホテルがそういう方向性を目指す案も出ましたね。そのときに内山さんは「もっと地域のクリエイターと一緒に協働できる場所があってもいいんじゃないか」とおっしゃっていました。
丹野:地域性がなく、宿泊料金の高さ・安さで判断され、ただ消費されて終わってしまうホテルが多いことが仙台で課題の一つだと考えていました。ホテルをビジネスとして続けていくのであれば「いつ行っても面白い」「リピート率が高い」を目指したい。それを実現するには、もっと地域の方々の意見を取り入れることが大切だと思い、これからの道を模索するヒントも得たくてトークセッションを企画しました。
「地域性の高いホテルをつくりたい」という想いでスタートしたこのプロジェクトは、東北にゆかりのあるクリエイターたちがサポートしている。「OF HOTEL」というネーミングやロゴづくりは、So-So-LAB.への相談をきっかけに、デザイン事務所「株式会社BLMU」の松井健太郎さんが担当した。
長内:内山さんからはSo-So-LAB.に「ホテルのネーミングとロゴをセットで考えてほしい」と相談がありました。仙台に新しく誕生するリノベホテルということで、適任者は建築を学んだバックグラウンドを持つ松井さんしかいないと考えて紹介しました。
丹野:松井さんは我々の感覚に賛同いただき的確な提案をしてくれました。松井さんの「こうあるべきだ」とういう意見だけではなく、私たちの意見も聞きながら一緒につくりあげてくれたのが結果的にうまくいったと思います。
松井:丹野さんがもっている感覚はとてもよくわかって。でも、新しい価値の創造を目指すからには、前提を疑って、通常とは異なるアプローチが必要ですよね。何より丹野さんを驚かせるような提案をしたいと考えていました。クライアント色に染まりすぎてしまうと、よりよいものは生まれない気がするので。
丹野:長内さんには、私たちの要望に対して最適な地域のクリエイターの方々をマッチングしていただきました。さらに、幅広い見識で市内だけでなく県外や世界の事例なども紹介いただき、私たちのクリエイティブへの理解も深まりました。長内さんのように「この人に相談すれば安心」という存在はとても大きい。私たちが単独でクリエイターさんを探すところから始めるといくら時間があっても足りないと思います。
シンプルでありながらどこか遊び心があって、「この場所で何が起きるのだろうか」と見る人の心を躍らせるようなクリエイティブを感じさせる「OF HOTEL」というネーミング。ロゴデザインも含め、完成までにはどのようないきさつがあったのだろうか。
長内:ネーミングとロゴ制作のお話をいただいて、松井さんも私も、ちょっと外した遊び心のある提案にしたいと考えました。特に、コロナ禍もあって、より「地域とつながりのあるホテル」というコンセプトを重視しました。ホテルの宿泊客はほとんどが域外の人たちで、地域の人たちと接点がないのが当たり前ですが、このホテルでは、外から来た人とも、何か関わりをもてればいいなと思ったんです。それを表現できたらいいなと。
松井:辞書で「ホテル」を引くと宿泊サービスのグレードに関する説明が多く、決まった枠内でしか意味を捉えていなくて面白味に欠けると思ったんです。せっかく「新しいことをやりたい」と依頼いただいたので、従来の「ホテルはこうあるべき」ではなく、例えば、近所のおばあちゃんがフラッと来てホテル内で編み物しているのもOF HOTELらしいね、というような雰囲気が感じられたらいいなと。
長内:ネーミングとロゴが決まるまではかなり時間がかかりましたね。「ホテルの名前として覚えにくい」とか、「面白いけど発音しづらい」といった意見をいただくことも。コンセプトを表現できる案をいろいろ模索しました。
松井:100通り以上の案を考えたかもしれません。
長内:いいなという案は、他業種ですでに使われていたり…。私は途中でギブアップ気味でしたが(笑)、松井さんはたくさん挙げてくれて。
松井:案がボツになるたびに「なぜダメなんだ」って思いながら、なんとか100本ノックに付き合いました。引き受けたからにはやっぱりいい案を出して採用されたいので。
長内:オープンまでタイムリミットが迫っていたんですけど、なかなか決まらなかった。最後には関係者全員で案出しすることになって、丹野さんも出されてましたよね。
丹野:最後は50パターンくらいのネーミングとロゴの案をつくって並べて、そこから採用しました。
長内:最終的にはホテルのPRチームのシンプルな案が採用されて。「〜 OF HOTEL」と考えると ”〜” にはアートや食など、さまざまな要素を入れられる。OF HOTELが大きな可能性をもつ場所だということも分かりますし、応用が効くネーミングになりました。私たちは複雑に考えすぎていたかもしれません(笑)。
■デザイン事務所BLMU 松井健太郎さんによるロゴと館内サインデザイン
https://note.com/of_hotel/n/n85334a9d4b4a
OF HOTELの館内には、山形県の「天童木工」の家具が揃えられている。また、エントランス空間のアート作品「TEIEN」は、仙台で創業し、現在は東京、仙台、ロンドン、サンフランシスコに拠点を置くビジュアルデザインスタジオ「WOW inc.」が制作したものだ。庭園に見立てたエントランスに、東北の豊かな自然や風景をモチーフにした映像を映し出す、メディアアート作品だ。
■「TEIEN」OF HOTEL
https://www.w0w.co.jp/works/ofhotel_teien
■ビジュアルデザインスタジオ「WOW」によるインスタレーション作品「TEIEN」
https://note.com/of_hotel/n/n4bf09c3b7a83
長内:OF HOTELの館内は家具やアートやなどこだわって取り入れていますが、入口のアート作品はWOWさんが手がけられていますよね。WOWさんとはどのようなつながりがあったんですか?
丹野:WOWさんは、東北、仙台出身の会社であることからプロジェクト開発当初の段階で、内山さんが依頼していました。OF HOTELには東北にゆかりのあるクリエイターが制作した、建築でもグラフィックでもない、場所の象徴になるデザインを取り入れたいと思ったんです。
また、館内にはギャラリーとして利用できるスペースを設けており、そこでの展示企画は、Gallery TURNAROUNDの関本欣也さんにお願いし、こけら落としの展示として仙台在住の美術家・青野文昭さんの個展を開催しました。これからも仙台発のアーティストやクリエイターを紹介していきたいと考えています。
長内:館内のスピーカーにもこだわっていると聞きました。
丹野:そうです。音の空間も大事にしたかったんです。サウンドシステムのデザインは、仙台を拠点に活動するヒップホップグループ・GAGLEのMCであるHUNGERさんにお願いしました。HUNGERさんは以前から音楽の場づくりもされていたので、適任だと。ちなみにスピーカーは、ハンドメイドの国産スピーカーブランドとして最も信頼されている「田口音響研究所」のものです。世界的に有名なJAZZクラブでも使われているんです。ゆくゆくは、お酒と音楽と何かを掛け合わせたイベントも企画したいと思っています。
ホテルに宿泊するときは「食」を楽しみの一つにする人は多い。飲食にも強くこだわったOF HOTELはカフェ「Darestore」のほか、地下1階に「水と酒 三花(ミケ)」をかまえ、ローカルの魅力や食を楽しむ空間・時間を提供している。
長内:カフェや地下にある「水と酒 三花」はどのように選んだのでしょうか。
丹野:地域性というからには、その土地の良いところを見せたい。私と同年代で、スペシャリティーコーヒーを提供しているDarestore さんは、客として通うなかで「すごいお店だな」と思っていたのですが、あるとき移転の相談を受けました。彼らは海外生活経験もあり、朝食をメインにしたカフェをやりたいと考えていたけれど、仙台で朝食需要が見込みにくいという悩みを抱えていたんです。でも、ホテルだったら朝食の需要はあるし、カフェをやっていただければ私たちにもメリットもある。そうしてOF HOTELのカフェの業態開発を一緒に行うことになり、そのまま店舗の運営もお願いすることになりました。
松井:朝食を目当てに宿泊される方も多いと聞きました。
丹野:朝食を通して、地域の人との出会いの場となるような「ローカルセッション」ができるコンテンツを考えています。たとえば、地元のパン屋さんやカフェとコラボした朝食を提供してきたいですね。
長内:地下のお店「三花」も丹野さんがお願いしたんですか?
丹野:そうです。宮城県庁近くにある「十肴とみぞう」さんに客として通うなかで、ぜひご一緒したいと思い、運営会社の方へ「win-winの関係性になれるような業態を一緒に開発しましょう」という提案をし、「三花」のオープンにつながりました。win-winの関係性をつくるのは、何よりも大切にしていますね。