OF HOTEL|後編:宿泊だけではない魅力を発信する「OF HOTEL」の挑戦
長内:OF HOTELのオープンから半年が経ちましたが、ホテルを運営してみてわかったことはありますか?
丹野:中古物件ってまちの資産じゃないですか。今の時代に我々が求められているのは、その資産をどう活かすのかだと考えていて、そこを掘り下げていくと、絶対に必要なのは発想力です。クリエイターさんと一緒に協働することの重要性は、OF HOTELをつくりあげていくなかで改めて感じました。ただし、当然つくって終わりというわけにはいきません。アートの企画展を継続的に開催するのは、不動産業の立場からは初めてのことが多く大変です。
長内:大変さはもちろんあると思います。でも、いろいろな可能性を受け入れてくれる場所が存在していると助けられるクリエイターはたくさんいます。クリエイターの立場になると「何かしたい」と思い立ったときに、気軽に相談できる場所、使える空間があるというのはありがたいことです。私たちのような企画者にとっても、気軽で安価に使える物件情報を得ることは、とても難しいので、OF HOTELのような場所があると、クリエイターに限らず「何かやりたい」と思った人が挑戦するチャンスが生まれやすくなると思います。
丹野:私はこれまで、この街でクリエイターのみなさんとあまり接点がなかったことを残念に思っていました。OF HOTELのプロジェクトがスタートしてから、仙台には質の高いクリエイティブを生み出す方が多いと実感しました。その一方で、点と点がうまくつながっておらず、もったいないと思いました。ただ、クリエイターの方と協働していくには、やはりクライアント側にもスキルがいるんですよね。クライアント側が不動産事業の価値観に寄りすぎてもダメですし、新しい感覚が必要だと思うんです。
松井:お客さん側にも、ある程度のレベルが求められるということですよね。
丹野:今回は長内さんがうまく地域のクリエイターの方たちとつなげてくれましたが、私たちとアーティスト寄りのクリエイターさんが直で一緒に仕事をするのは難しい気がします。今回の場合、松井さんと長内さんとは、会話しながらどのようにものづくりをするのかを模索できました。でも、それが難しいクリエイターさんもいらっしゃると思うので、So-So-LAB.のようなコーディネーターが間に入ってくれるのはとても助かりますね。
松井:So-So-LAB.※は仙台市事業で運営していたので、無料でクリエイターと企業をマッチングしていて、そこがよかったと思うんです。コーディネーター側で「これは違う」と感じたことを企業に提案しやすくて、よりよいものが完成することにつながります。
※So-So-LAB.(読み:そーそーらぼ)
仙台市経済局と協同組合仙台卸商センターの協働事業。2012年に「とうほくあきんどでざいん塾」の呼称で事業がスタートし、仙台圏の中小企業とクリエイターのマッチングやサポートを行ってきた(2022年3月事業終了)。
長内:例えば広告代理店もクリエイターと企業のマッチングを行っていると思うのですが、ビジネスとして売上を出さねばならないので、どうしてもクライアントの意見が第一になってしまう場合が多い。たとえばA案とB案があったとして、代理店側はA案のほうがいいと分かっていてもクライアントがB案と言えば、B案が採用されますよね。一方で、私たちSo-So-LAB.は、相談された企業のことを考えたときに「絶対にA案のほうがいい」と確信すれば企業側に「A案でいったほうがいいですよ」という説得をしていました。あとは企業側が疑問に思っていることをきちんと理解したうえでデザイナーさんに内容を伝える、クッション材の役割もあった。企業からお金をもらわずにコーディネートできるからこそ、公平性を保てる意義もあったと思います。
丹野:So-So-LAB.のようなコーディネーターがたくさんいれば、まちづくりや再開発もどんどん加速していくと思います。大きい動きだけではなく、なかには小さくても面白い動きがあるので。クリエイターさんの力を借りれば、まちづくりの分野でももっと可能になることが多いような気がします。
東北のクリエイターたちと協働し、OF HOTELはその土地の新たな魅力を発信する空間をつくりだすことに成功した。だが、実際にOF HOTELが動きだしたことで分かった課題もある。
長内:OF HOTELは「東北との新しい出会いの場」として「ローカルセッション」を掲げていますが、現段階で特に力を入れていることはありますか?
丹野:東北の各地域で活躍されている方たちとのコネクションづくりに、より一層力を入れ始めています。OF HOTELを通してローカルの魅力を共創していくと決めたけれど、そもそもローカルでのコネクションがないことに気づいたんです。東北にはたくさんの素敵なものがあってよい企画を思いついたとしても、やはりコネクションがないとすぐには取りかかれない。東北という地域特性を考えると、コネクションなしにいきなり話を持ち出すのではなく、まずはお互いの事業内容や状況などを理解しながら信頼関係をつくっていかないと感じています。
長内:丹野さんがご自身でコネクションをつくりに行っているんですか?
丹野:自分自身でまず足を運ぶようにしています。東北で活躍されているデザイナーさんたちと信頼関係をつくりに行ったことで、その方たちが「今度一緒に何かやりましょうよ」という話もしてくれます。でも実際にコネクションをつくり始めて思ったのは、意外と東北の各県と仙台のつながりが薄いことでした。
松井:確かに、なぜか東北のなかで仙台だけがつながっていないことが多いですね。
長内:秋田や青森は、面白い若い人たち同士が連携している印象があります。仙台でも面白い人同士がもっとつながるといいですね。
東北各地で活躍するクリエイターやプレイヤーとの信頼関係づくりによって、OF HOTELの場づくりは地域の可能性をさらに広げることを期待されている。花京院にOF HOTELのような空間があるのは、まちづくりの視点ではどのような意味をもつのだろうか。
長内:仙台には「リノベーションをしたら資産価値が上がる」という物件はまだたくさんあるのでしょうか?
丹野:今後、資産価値が上がるかはわからないのですが、そのままにしておくと資産価値は下がってしまうのは確かです。でもそれを下げないように、同じレベルで永続できそうな物件はたくさんあると思います。仙台は暮らしやすくとてもよい街ですが、中心部から離れたエリアでは、単に建物をリノベーションするだけでは厳しいかもしれません。
長内:中心部からどのあたりまでなら期待できそうですか?
丹野:仙台駅から2キロ圏内がリノベーションによる中古マンションの資産価値があるエリアだと私は思っています。さらにビジネスとして成立するエリアと考えるのであれば500m圏内かなと思います。今は郊外にあってもSNSの発信で注目されることは可能になりましたが、流行っていると思われるような店舗でも「自分たちが生計を立てられる分を稼いでいる」という感じ。やはりビジネスとして考えると、中心部は可能性が大きいですね。
松井:不動産会社のなかには数字しか追い求めていないような事業者もいますよね。それは戦略の一つなのでしょうけど、そういった事業者をどのようにご覧になっていますか?
丹野:数字しか追い求めていない不動産会社は、仙台の相場感を維持してくれている面もあると私は割り切っています。ただ、それにより維持されている仙台の相場に対して、「これ以上は下がらない」と安心して何もしないオーナーもいます。何もしなくてもビジネスとして成り立ってしまうので、自分たちで考えなくなってしまう。仙台の課題は「課題がないこと」だと思います。このままだと地域性を無視したものがどんどん増えていく気がしていて、この点は、OF HOTELの軸である地域性を意識したものづくりにもつながっているんです。もっとクリエイターさんたちと接点をもち、地域性の高いものづくりを意識してやり続けていくのが大切。それが、まちの資産価値を上げることに直結すると思います。
長内:引き続き実験の場として、さまざまなOF HOTELの使い方を試していくと、面白い動きがたくさん生まれていくかもしれませんね。
丹野:そうですね。新しい東北の魅力を発信する、何かに挑戦をする場としてOF HOTELをうまく使ってもらえるとうれしいです。
取材日:令和4年12月14日
取材・構成:佐藤綾香(泖/ ryu)
撮影:はま田 あつ美
OF HOTEL
https://of-hotel.com/
〒980-0013
宮城県仙台市青葉区花京院1丁目4-14
022-748-5772
丹野伸哉(たんのしんや)
株式会社N’s Create. 株式会社COMMONS.代表取締役社長。宮城県柴田郡川崎町生まれ。専門学校でインポートビジネスを学び、輸入家具・オーダー家具の販売等に携わる。2010年、同社社長(現会長)結城創氏と社内リノベ部門を立ち上げ、2011年より本格的にリノベ事業を始動。2014年、リノベ部門を分社化した株式会社N’s Create.の常務取締役に就任、2018年4月より同社代表取締役社長。2022年に株式会社COMMONS.を設立し「OF HOTEL」の運営にあたっている。現在は家族で仙台市内に暮らす。趣味は音楽鑑賞。特にアメリカンジャズやソウルがお気に入り。
松井健太郎(まつい・けんたろう)
仙台市出身。東北大学大学院工学研究科 都市・建築学修了。秋山伸主宰・グラフィックデザイン事務所schtucco所属の後、2009年より仙台のクリエイティブシェアオフィスTRUNKアシスタント・マネジャー。2012年には中小企業とクリエイターを対象とした仙台市支援事業「とうほくあきんどでざいん塾」コーディネーター就任。その後、2016年にデザイン事務所BLMU設立。現在に至る。近作に金蛇水神社外苑SandoTerrace(2020)、青葉山公園センター仙臺緑彩館(2021)ロゴ・サインデザインなど。
長内綾子(おさない・あやこ)
Survivart 代表/キュレーター。武蔵野美術大学在学中よりデザイナーとして大手企業の広告制作に携わる一方で、2004年にアーティストの岩井優らとSurvivart(サバイバート)を設立し、若手アーティストの展覧会やトークイベントを多数開催。その後も、国内外でのプロジェクト、展覧会等に様々な形で携わる。
2011年11月、東日本大震災を機に仙台へ移住。2012年から2022年3月まで、中小企業とクリエイターを対象とした支援事業「So-So-LAB.(旧・とうほくあきんどでざいん塾)」で、事業の企画立案および運営に従事。現代アートとビジネスの両方の現場で、問いを立て応答を引き出す場の設計、およびキュレーションを行っている。