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クリエイターインタビュー前編|吉村 尚子(美術家)

「囲まれていたい」と思うくらい自分の作品が愛おしいです。

自分の一番好きなことと仕事の両立は、実はとても複雑で難しいことだ。それを力強くしなやかに実践する人が選んだ拠点はなんでも揃っていそうな東京ではなく、ここ仙台。吉村尚子さんは一般企業で働きながらインスタレーション(※)を中心に作品を制作する美術家だ。仙台の楽しみ方、働き方、活動の仕方は、私たちが思うより∞(無限大)なのかもしれない。 ※インスタレーション…室内や屋外に作品を置き展示空間や場所を含めて作品とみなす現代美術における表現方法の一つ。

 

-吉村さんは東京都のご出身ですよね。元々アーティスト志望だったんですか?

アーティストという肩書きは意識していませんでしたが、子どもの頃から何かを想像して表現することが好きでした。大学も美術系に行きたくて、最初は武蔵野美術大学の短大にある空間演出デザイン学科に進学しました。そこで学ぶうちにさらに表現を深めたくなったので4年制の映像学科に編入して、その時に8ミリフィルムと出会ってから映像を作るようになりました。映写機から投影される光はツヤツヤしてすっごく綺麗だったんです。でも映写機で上映できる機会は少なくビデオで再撮影した状態での発表が多くて、それを見た人からは「質感がザラザラしていて味があるね〜」と言ってもらえたのですが、私は8ミリフィルムの“ツヤツヤ感”がとても好き。光が生々しい、と言えばいいのかなぁ……。

-「人力発電・人力動力」をテーマに作品を発表されていますが、それが原点になっているのでしょうか?

そうなんです。私が体感したような“ツヤツヤ感”を、自らの身体を使って作り出した光で再現したいと思ったのが人力にこだわり始めたきっかけです。個人的な感情と向き合うために作品を作っているので、そのために使う光はなるべく自分の手で生み出したいという気持ちから人力というテーマに行き着きました。

-自分自身のために作品を作っているということですか?

はい。誰かのためとか、社会のために作品を制作したとしても、わたしの場合は結局それも自分のためです。作品でお金を稼ごうと思ったこともないし、むしろ売りたくない。ずっと囲まれていたいくらい自分の作品が愛おしいです。逆に自分のためじゃなかったら続いていないかもしれません。

-吉村さんが作品に込める想いをもう少しお聞きしたいです。

自分の作品を“自己内観装置”としても位置づけているんですけど、私だけじゃなくて作品を見てくれた人にとっても現代社会に置かれた自分自身を静かに見つめ直すきっかけになれば嬉しいなという希望も込めています。

-なるほど。東京を拠点に活動していた吉村さんの意識が、なぜ仙台に向かったのでしょうか。

音楽です。東京に住んでいたときに自分好みの音楽がかかるクラブをずっと探していたのですが、そんな時にGAGLE(※)のメンバーが出演するイベントを見つけて行ってみたら、もう、一瞬で心を奪われてしまいました。調べてみたらメンバー全員が仙台在住で、仙台ではクラブイベントも主催しているのを知って一度きりのつもりで仙台まで遊びに行ったんです。そしたら、そこで流れる音楽が渋くて本当にかっこいい。いわゆる軽いノリじゃなくて、皆が音に酔いしれている空間だったんです。以来、4年間くらい東京から仙台に通うようになって、クラブ以外にも喫茶店やレコード屋さんとか、ギャラリーも巡るうちに街にも猛烈に魅力を感じていきました。多いときは月に23回は通っていたと思います(笑)。

GAGLE HUNGER, DJ Mistu the Beats,DJ Mu-Rから成る仙台在住のHIP HOPアーティスト。

-すごい行動力ですね。

私はずっと東京で育ってきて、旅行とかも自分から行こうとはあまり思わないタイプなので、わざわざ自分の生まれ育ったところを離れるつもりもありませんでした。でも、仙台にうっかり惚れてしまって、音楽がきっかけではあるけれど仙台がすごく好きな場所になっちゃったから、そこに身を置いてみたくなったんです。

-では仙台に通いつめた先に移住を決めたということですか?

実は、直接的なきっかけは震災なんです。仙台にいる友達全員の無事を確認するまでは胸がちぎれそうでした。「こんな想いをするなら仙台に住んでしまいたい」と思ったのが移住を決めた大きな理由です。でも、前から仙台の友達にはよく「そんなに毎週来てるなら住んじゃえばいいのに!」と言われていたので、自然な流れだったと思います。

-仙台の良さって、どんなところだと思いますか?

どこに何があるか、どんなことが行われているのかが分かりやすくて、自分の求めているところに辿り着きやすいと思います。あと、ギャラリーの雰囲気とか姿勢がかなりオープン。近所の人がフラッと入ってきて変なアートがあってもそれぞれのスタイルで楽しんでいるのを見て、アートが限られた人だけのものじゃなくなっていることに感動しました。東京にもそういう雰囲気のギャラリーはありますが、見つけにくい場合が多い気がします。

取材日:令和元年6月29日
取材・構成:佐藤 綾香
撮影:豊田 拓弥

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吉村尚子

1978年東京都生まれ。「人力発電・人力動力」「自己内観装置としての芸術」というテーマを軸に作品を制作している。 こども美術教室 artSIZE(池田晃一氏主宰)にてアシスタント講師として自由な表現を大切にする場作りを学び、現在は年齢や美術経験の有無に関係なく楽しめるワークショップを定期的に開催している。東北で出会った若手数学者たちとMATHユニット[SRUST]を立ち上げ、「数学でちょっと楽しくシアワセに」をコンセプトに数学啓蒙プロジェクトも行っている。 仙台に魅せられ、東京から通うこと4年。現在は念願叶って仙台住人に。

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