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由利設計工房(前編) その土地の素材で、地元の職人が

地元の自然が生んだ素材を使い、地元の職人が受け継いできた技を用い、その土地の気候風土の中で暮らす人のための住まいとはどうあるべきかを模索し続ける由利設計工房の由利収氏。いかにも手間のかかるその手法にたどり着いたのは、技術の進歩による効率化で北から南まで画一的な住居が立ち並ぶ日本の家造りを見ていて感じた、ある違和感が出発点だった。やがてその理念に共感するクライアントが由利氏の元を訪れるようになる。

その土地の素材で、地元の職人が

—由利さんは木や石、紙といった素材にこだわった建築をされていますが、そのきっかけを教えてください。

由利収さん(以下、由利) 大学卒業後に仙台の設計事務所で7年くらい勤めていたんですが、ボスの下で図面を描いたり直したり、現場監督さんと話をしたりしながら仕事を進めていくだけで、素材を生産する人や現場の職人さんとの接点はありませんでした。素材を選ぶのもカタログから選ぶのが普通で、それを疑問にも思わずやってきたんですけど、だんだん違和感を持つようになってきたんです。

その後30歳ごろに独立して、職人さんの現場や大工さんのところを回り始めました。木造にずっと興味があったのに、それまで山に入ったことすらなかったので、栗駒や登米、津山など林業の現場を訪れ、植林や間伐、下草刈りのような作業に参加して、実際にどういうところに生えているのかとか、山で切った木がどれくらい重いのかということを学びました。

事務所を開くに当たって名刺を作ろうと思って紙についても調べ、柳生で手すきの和紙作りをしていることを初めて知りました。そんなに近くにあったのに、建築をやっていた自分が素材のことを何も知らないんだと痛感して、柳生和紙の生産地に行って、すいているところを見せていただき、紙がどうやってできるかを学びました。ほかにも秋保石の生産地を訪ねるなど、素材に触れ、素材を扱っている人に会うということを重ねました。

当時まともにホームページも作っておらず、クライアントになる人との接点はすごく少なかったのですが、そうやって素材の生産現場を見ていったりしていく中で、ちょっとずつ仕事を頂けるようになりました。本当にありがたかったですね。

現在拠点としているシェアオフィス「SODA」。建築、デザイン、SEなどのフリーランスが集まる

—建築の仕事において大事にしていることを教えてください。

由利 いまの家造りを見ていると、例えば全国各地の住宅地の写真をばっと並べても、どこの県の写真か分からないんじゃないかと思うんです。それがいいことなのか悪いことなのかは分からないですけど、例えば金沢や神戸の町を見に行こうというときに思い描く街並みは、その土地の風土や歴史に対応して形成されたものなので、だからこそ魅力を感じるのではないでしょうか。

でも現在の家造りは技術が進歩してしまったために、北から南まで同じ家が建てられるんですね。木材を国内の山から切り出すのは大変なので、海外から輸入してプレカット工場で加工すると、ばっと建てられる。ハウスメーカーさんが短期間で高スペックなものを提供できるようにやっているのは、企業が成長するために効率を上げて利益率を上げるという目的においては、正解なんだと思います。

ただ、個人的には違和感がありました。その違和感は何だろうとずっと考えているうちに、その土地の気候風土に合った建物を造るには、その土地の気候を分かっている地元の職人さんが、その土地の素材で造るのが自然なんじゃないか、と思うようになりました。

素材や建築への思いを語る由利さん

—その職人さんはどのように決めているんですか。

由利 通常は建築家の設計を基に、相見積もりをして安いところにお願いするんですが、それにも違和感があって、僕の事務所では家を建てたいですというお客さんが来られたら、図面を作る前に、この方にはどの棟梁が合うかな、どの工務店が合うかなというのをイメージするんですね。相見積もりは取らず、これだったらあの棟梁かなと相談に行って、いわゆる特命でやるんです。

加工も昔の大工さんがやるように墨付けをして一本一本刻むようなことをやっています。さっき言ったようにハウスメーカーさんの造り方というのは、輸入材を工場で加工して組み立てるので、ベテランの職人さんがいなくても建てられます。それに対して僕の仕事というのは、やれる大工さんがおのずと決まってくるんです。しかも、工業製品のように決まった寸法ではなく、造る人の手が違うと収まりが違ったり、木の扱いが違ったりする。お客さんにはそのことを話して、図面と違うものができるというよりは、図面よりいいものができますとお伝えします。

木材の加工そのものを内装の意匠に生かす由利さんの設計。手掛けられる職人もおのずと限られる

—お客さんの反応はどうでしょう。

由利 僕は広報やPR、宣伝をしていないので、それでも口づてなどで来るお客さんというのは、おのずとフィルターを通っているような感じで、例えば「南仏風のこういうのをお願いします」という人は来ないんです。むしろ、いろいろなハウスメーカーも工務店も見たんだけどピンとこないという人が、最後たどり着いたのがうちだったという場合が多い。すでにそういうフィルターを通ってくる方が多いので、こちらの基本姿勢を理解してもらえることがほとんどですね。

—お一人でやられているのは大変ではないですか。

由利 いえいえ。スタッフを雇ったり外注してどんどん模型や図面をこなしていけば効率も売り上げも上がるんでしょうけど、仕上がってきた模型が頼んだ通りだったら、思考がそこで停止してしまう。全部自分でやると、この壁の開口はこのぐらいの方がよさそうだと、模型を作りながら気付くんです。それがなくなるのが怖くて、自分がお客さんと打ち合わせもするし、求めるものに対してどう応えるか、模型を作りながら考えています。

オフィスに置かれていた模型。誰かに任せず自分で組み立て、より良い可能性を探る

器を作る職人さんが、例えば月に100枚しか作れなかったら、それが1000枚になることはないじゃないですか。同じように僕も業績としてグンと上がることはないと思うので、同じところで頑張るしかないですね(笑)

取材・構成:菊地 正宏
撮影:松橋 隆樹

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由利設計工房

地元の自然素材を使って、地元の職人さんの伝統的な技術による家づくりをお手伝いしています。その地域にある素材と技術でつくられるその地域の気候風土に適した住まいとはどのようなものなのかを模索する日々。

由利収

福島県郡山市生まれ。東北工業大学建築学科を卒業後、仙台市内の設計事務所に就職。2001年に独立し由利設計工房を開設。木造の個人住宅を中心に店舗の内装などの設計・監理を行う。

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