クリエイターインタビュー前編|貝沼泉実(建築家)
考えていたアイディアが実際に形になったときは、何にも勝る思いがあります
青木淳建築計画事務所(現AS)で7年間働き、2020年、宮城で建築デザイン事務所を設立した貝沼泉実さん。宮城大学で特任助教としても建築に携わる彼女に、現在に至るまでの経緯と、幼い頃から好きだったという建築への思いを語ってもらいました。
― 現在の仕事内容を教えてください。
建築デザインを行う「貝沼泉実事務所」を主宰しています。また、2021年11月から宮城大学の事業構想学群で特任助教に着任しました。
― 大学ではどのようなことをされているのですか?
建築に関する授業に携わらせてもらっています。宮城大学は学内にとどまらず企業とのコラボレーションなど、さまざまなプロジェクトを積極的に展開しているので、私自身も面白いことをやっていきたいと思っています。また、現在、東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻の博士課程に所属しており、そちらでは「美術館の更新」をテーマに研究をしています。
― 「美術館の更新」とは具体的にどのような内容になるのでしょうか?
美術館は大きく、国公立の美術館と私立の美術館の2つに分けられます。公立の美術館は1970~80年代の美術館開館ラッシュ時に建てられたものが多いのですが、40年以上も経過しているので、老朽化や耐震性の問題のほかに、美術館そのものの在り方の変化にどのように対応するかが課題となっています。たとえばヨーロッパだと、幼稚園の先生と子どもたちが美術館にピクニックに来て、展示室の作品の周りで寝ころびながらスケッチを描いたり、収蔵庫も全部オープンにしてその中を回遊できるようにしたりと、その使われ方に驚かされたりします。そうした背景をもとに、日本でのこれからの美術館の形というものを研究していくという内容になります。
― 面白そうですね。そんな貝沼さんが、建築の世界に興味を持ったのはいつ頃なのでしょうか?
小さな頃からものを作るのがすごく好きだったのですが、小学5年生のときに自宅が新しく建ったことがきっかけでした。現場に連れて行ってもらって、まだ内装材や外装材が貼られていない柱がむき出しの状態を見て回り、そこで建築が一つ一つ人の手で作られていることを知りました。また、父親の知り合いに女性の建築家の方がいたのですが、建築の世界に設計という仕事もあることを知り、そこから興味を持つようになりました。
― それからどのような進路を歩まれたのですか?
大学を決めるにあたって、小学生のときに興味を持った建築を学びたいと思い、宮城大に進学しました。建築を学ぶにあたり、いろいろな街の建築を実際に見て学ぶため、九州から青森まで、全国のあらゆるところに行っていました。その中でも印象に残ったのが、のちに働くこととなる青木淳建築計画事務所が設計した青森県立美術館でした。一見して少し分かりづらく、でも惹かれる佇まいをしていて、その理由を探るため、何回も足を運びました。また、その「佇まい」をどうにか分析したいと思い、美術館の1つの空間に対し、4つの視点から描いたスケッチを何十枚も作成しました。
― その後、東北大学大学院を経て、青木淳建築計画事務所で勤務することになりますが、どのような経緯で入られたのでしょうか?
学生時代を仙台で過ごしたため、東京にある青木淳建築計画事務所とは全くつながりがなかったので、働けるとは思っていなかったのですが、たまたま知り合いに事務所のスタッフとつながりのある方がいることが分かり、思い切ってその人を通して連絡してみたんです。そしたらアルバイトに受け入れていただき、大学院修士2年の夏休みに3週間ほど模型制作のお手伝いをさせていただくことになりました。そしてアルバイトの最終日に、ダメ元でスタッフの方にお願いして大学時代に作成したポートフォリオを青木さんに見てもらい、そこで興味を持っていただいて、トライアル期間を経て働くことになりました。
― 事務所ではどのようなお仕事を担当されたのですか?
入った当初は先輩の手伝いで、「あいちトリエンナーレ2013」という芸術祭の空間構成に携わらせていただいたり、コンペやプロポーザルの担当をさせていただいたりしました。また、入社して1年半ぐらい経った頃には、「札幌国際芸術祭」の空間構成の仕事も担当しました。芸術祭のイベントの一つに、狂言師の野村萬斎さんとアイヌ民族舞踊がコラボするステージがあったのですが、敷地が決まっていない状態から札幌市の担当者の方たちといくつもの場所を見て回ったり、野村萬斎さんのもとに打ち合わせに行ったりしました。とても刺激的でしたし、面白かったですね。
― 建物だけでなく空間を作ることもお仕事の一つなんですね。
そうですね。それぞれ規模に違いはありますが、アイディアを考え空間を実現していくところは同じだと思います。また、建築では、設計者だけでなく施工者を含めた何十人、何百人のチームで手掛けることが多いので、コミュニケーションも大事になってきます。特に施工者は自分より年上の方も多いので、そういう方々の経験から基づく知識をいかに引き出すかといったことは気を付けていました。コミュニケーションがうまくいってないとミスが起こるので、関係者同士のやり取りも注意深く観察するようにしています。
― 貝沼さんが思う、この仕事のいちばんの魅力とは何ですか?
考えていたアイディアが実際に形になったときは、何にも勝る思いがあります。また、建築は完成するまでとても時間がかかりますし、立ち上がる瞬間まで実物を見ることはできません。そんな不安も入り交ざる中で作っていくことが、とても楽しいですね。
貝沼泉実(かいぬま・いずみ)
名取市出身。宮城大学事業構想学群デザイン情報学科、東北大学大学院工学研究科を経て、2013年に青木淳建築計画事務所へ入社。7年間勤めた後、2020年に独立。現在は仙台市内で建築デザインの事務所を主宰する。