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クリエイターインタビュー|後藤 充裕さん(前編)

東京の設計事務所で経験を積み、現在は仙台、東京を拠点に建築家として活躍中の後藤充裕(ごとう みつひろ)さん。仙台及び東京でのお仕事の内容や、仙台でこれからチャレンジしたいことについてお話を伺いました。

 

現在までの経歴を教えてください。

子どもの頃から絵を描いたり工作をしたりするのが好きで、つくることが直接仕事に結びつくことを学びたいと思い、宮城大学の空間デザインコースに進学し大学院まで建築を学びました。卒業後、東京の設計事務所で4年間ほど働いて、現在は仙台に戻って独立しました。

「建築」という分野を意識したきっかけは何でしたか。

明確なきっかけっていうのはないんです。ただ、中学生のときにせんだいメディアテークができて、空間を体験して初めて空間に感動したんですよね。それまでは、ものづくりがしたいなという思いはあっても、建物を見ても何とも思わなかったんですが、メディアテークは違いました。そこから徐々に建築に目が向いていったという感じです。

大学院に進まれたのはなぜですか。

学部を卒業するときって、なんとなく建築楽しいなって思い始めてすぐくらいなので、自分が本当に職業にしたいのかをちゃんと見定めてから社会に出た方がいいと思ったんです。実は僕、学部を卒業してからアルバイト期間を1年間挟んで大学院に入っているんです。大学というところは、卒業して社会に出てそれで終わりじゃなくて、行ったり来たりできるところだと思っていて。通いながら働いてもいいし、あたりまえの実務みたいなことと両立して、学問として建築をみてみたいな、と思いました。

松島の海の上にすごくリアルな白い島がある「白い浮島」。大学院時代のアイデアだと聞きました。

そうです。木を組み合わせた筏と牡蠣の貝殻でできた島を同級生と提案しました。当時、松島湾の水質が悪化しているという話があって、それをなんとか解決したいと思い考えたものです。浮力のある筏に水質浄化に効果のある牡蠣の貝殻を乗せた浮島をつくって、松島湾の水上を移動しながら、人々の居場所をつくるという案です。水をきれいにしながら、水上で湾内のお祭りと関連させた空間づくりをしていこうっていう。

(「白い浮島」についてはこちら)

白い浮島(SC3データベースより)

こういうものが海の上にあるとわくわくしますね。

いいですよね。いつかやりたいなって思いは、今でもあります。どこかで考え続けることで、いずれは実現できるかもしれません。

大学院を出てから、仙台ではなく東京を選んだのは何か理由があるんですか。

将来的には独立したいという思いがあって、その時に自分が想像できそうにない、これからなかなか関われそうにないものに参加してみたくなり、規模が大きい建物をつくる事務所を選びました。たまたま東京だったという感じです。

どんなお仕事をされていたんですか。

教育施設をメインとした、公共施設を担当することが多かったですね。それこそ何万平米みたいな建物の設計とか。プロポーザルやコンペなど、仕事を取ってくる企画の部分に携わることが多くて、メインの仕事は「提案すること」でした。

公共施設担当ということは、行政の人間とやりとりすることも多かったんでしょうか。

そうですね。行政の施設課の担当者の方や、学校なら教育現場の代表者である校長先生とかですね。公共施設には各自治体ごとに設計の基準のようなものがあって、それを下敷きに各担当者と話し合いながら決めていく場合が多いんです。基準があるだけに平準化されてしまって、他の施設と比べてある建物が強烈に個性を出す、ということが許されない雰囲気がありました。もちろん、クライアントである行政の考え方がまちの建物にダイレクトに表れる、ということは必要ですが、もっと細やかに個性がでてもいいんじゃないかと思います。もっと言うと、場所によっては学校なのか図書館なのか公民館なのかよくわからない建物があってももいいんじゃないかな、と。建物を平準化し過ぎないっていうのを示していきたいし、行政にも実現してもらいたいということは、今でも思っていますね。

私が通っていた中学校は卒業してから建て替えられて、ピンク色になったんですよ。全面ピンク色に塗られて疑問しかなかったんですけど、ちゃんとしたやりとりのもと理由があってやられたことだったんですね。

そうですね。ピンクに決めた人がいるはずです。結果はどうあれ、その地域の個性という意味では、誰かが声を上げて決めていくことは重要だと思います。

ちなみに市役所本庁舎建替えが早くて約10年後と決まっていますが、建物はこうだと面白いとか、何かアイデアはありますか。

議場は是非1階にしてほしいですね。みんながもう少し気軽に議会を見られるように、広場とかと一緒につくるような。以前、庁舎の移転計画も担当したことがあるんですけど、基本的には議場は最上階か別棟で、市民がなかなか気軽にアクセスできないような場所なんですね。まちのことを考える場所が一番開かれている場所にあるのは、セキュリティの面などで大変だとは思うんですけど、それを実現して市政の透明性を主張できることは、大きなメリットだと思うんですよね。もうちょっとオープンになったらいいなと思います。

取材日:平成30年4月5日
聞き手:仙台市地域産業支援課
構成:工藤 拓也

 

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後藤 充裕

1986年仙台市生まれ

2012年 宮城大学大学院修了

2012-2016年 建築設計事務所勤務

2016年-仙台、東京を拠点に設計活動

主な受賞に2010年度日本建築学会設計競技 最優秀賞、シェルターインターナショナル学生設計競技2010 優秀賞、第18回 空間デザインコンペ 入選、SMOKER’S STYLE COMPETITION 2016 優秀賞 など

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