ともにある(中編) 作品に込められた意図と技術
ともすれば、ただ「変わったことをしている」と捉えられかねない製作物にも、当然ながらその仕様に至る明確な意図と必然性があり、それを可能にするための技術が欠かせない。一方で、その苦労の跡を気付かせず、実際に手にした人に作り手の意図が自然に伝わるようであれば狙い通りともいえる。しかしあえて今回、「ともにある Cinema with Us」カタログに込められた意図と技術を言葉にしてもらった。
作品に込められた意図と技術
ー2015年版の仕様はまたガラッと変わりました。
松井 2015年はもう少し踏み込んで、形や規格についても考えました。みんなが普段よく目にするサイズだけで構成できないかということで、A4、B5、A5、B6という、なじみのあるサイズの紙を重ねてあります。
中身の文字は、大小や強弱をつけずに全部同じ級数で統一しています。コンテンツは目次、データ、写真、トークの採録とあるんですが、フォントサイズを変えないことで「ともにある」の一つの精神性みたいなものを表したかったんです。いろいろな角度から見てはいるけれども、基本的には同じ、根っこは一緒だというようなことが見せられたらいいかなと思って、あえて同級(同じ文字サイズ)で組みました。
2013年版と共通しているのは、どちらも丈夫じゃない感じですよね。紙自体は高級なものではなく、普段みんなが目にしている包装紙なんですね。予算の関係もあるんですが、デパートなどで使う包装紙を使っています。
ーこういう文字ものには使わない紙ですよね。
松井 使わないと思いますね。もっと薄いのもあるんですが、あまり薄いと機械を通らなくなってしまうので、限界ギリギリのものにしました。
小川 映画祭の現場はみんながてんやわんやで、ぞんざいに扱われがちなので、この薄さのものをそのまま納品するのは心配で、透明な袋に入れて販売しました。それでも袋から出すと、最初はつやつやでピカピカなんだけど、読んでいるうちにくしゃくしゃになっていって……。
松井 やっぱりダメージ加工だ(笑)
ー紙を2つ折りにして外側だけ印刷するというのも特殊ですね。
小川 松井君が言っていたように、もともとのアイデアが原始的な本を作ろうというものだったので、昔の小学校はこういう遠足のしおりみたいなものが多かったよね、というノリを再現しています。
松井 大人になったらもっとうまくできるかなと。うまくできたと思います。とじ方も、小学校や中学校とかでよく目にする平とじにしました。
菊地 ごく普通のとじ方なんですが、今はあまり見ませんね。
松井 ただのホチキス留めなので、デザイン的に用いることはあまりなくなりましたね。でもみんな小さなころからよく知っているという製本方法で、菊地さんとホチキスの大きさや位置などを何度も試行錯誤しながら完成に近づけていきました。当たり前のことを当たり前に形にしたらかっこよくならないだろうか、ということを模索しました。
ーホチキス留めの位置も均等ではないですよね。
松井 それは僕が指定したんです。壊れそうで壊れない、はかない感じを出したくて。製本所さんからすればセーフティーにもう少し多く止めるところなんでしょうけど、ギリギリはかない感じはどのくらいで出るかなというのをスタディーして、ここに決まったんです。
ーこういうイレギュラーな留め方もできるんですね。
菊地 そうですね。間隔も変えられます。針金もグレーのものを使いました。
松井 わざわざ指定したんですよね。家庭用のホチキスだと、それこそ幼稚な感じがそのまま出てしまうので、プロっぽいというか、工場っぽいものを発注しました。
ーその意図はしっかり伝わってきますね。この作業は機械で行ったんですか。
菊地 折りまでが機械で、丁合(ページ順にそろえて1冊の本にまとめる作業)は手作業で500部。けっこう時間がかかりましたね。1枚1枚集めて、B6、A5、B5、A4と重ねて。
松井 すみません(笑)
小川 今さら聞くのは何なんですが、割に合っているようには聞こえないんですけど。
菊地 こういった仕事の場合はあまり効率とか考えないですね。何とかやれそうだと確信できれば受けるというのが多くて。
松井 しかもこれ、地味に難しいのが最後に断裁できないんですよね。
菊地 天(上側)は丁合する前に仕上げて(断裁して)いるんです。ただノド(内側)と地(下側)は最後まで断ち落とし(断裁して不要となる部分)を残しておく。左下で直角にそろえて、とじた後に切っていく感じですね。
紙の寸法が同じなら面でそろえればいいのですが、規格が異なるものの合本なので、小口(外側)を基準に合わせつつ、直角の左下も意識してそろえていかなければならない。小口が袋(折った側)じゃなかったら、最後に切っちゃえばいいので合わせ(そろえること)を気にしなくていいんですが、袋なのでズレがあまり起きないように計算してやらないといけないわけです。
小川 今みたいな指示は仕様書には書き切れない感じがするんですが、結果がこうなってほしいということを伝えるんですか。
松井 仕上がり(完成形)を上から見た図面のようなものをお渡しして、だいたいここが関門だろうなというのは分かるので、そこは現場で話をしながらという感じですね。でも最後はやっぱり菊地さんの目力というか、手作業の精度なので、そこを信頼しています。本当にいつもありがとうございます。
菊地 いえいえ(笑)
小川 分かりやすく重厚な本ではないので、手に取る人によってはペラペラした安っぽいものという印象を持つかもしれないけれども、案外難しいことをやっているということですね。
小川直人
1975年生まれ。東北大学大学院教育学研究科修了。2000年にせんだいメディアテーク準備室に入り、開館後は映像文化全般に関する事業を担当、近年は情報デザインやアーカイブに関する諸問題に取り組む。併行して個人でもイベントの制作や本の編集などを行うほか、有志の組織“logue”の一員として企画制作や教育活動に携わる。2011年の東日本大震災後は、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特集「ともにある――Cinema with Us」、インターネット配信DOMMUNE FUKUSHIMA!に取り組んでいる。
菊地充洋
仙台市内にて1918(大正7)年より四代続く製本所、有限会社菊信紙工所勤務。せんだい・スクール・オブ・デザインを経て、六丁の目にある菊信紙工所敷地内に、印刷に特化したレンタル加工場「analog」を開設する。その他、印刷加工技術の研究やそれに関する文化の研究などを行う活動「製本部」の部長を務める。現在、analog運営の傍らDIYによる製版、印刷、製本技術の習得に励んでいる。
松井健太郎
エディトリアルデザイナー。1980年福島生まれ。仙台育ち。東北大学大学院工学研究科都市・建築学修士課程修了後、秋山伸主宰のグラフィックデザイン事務所schtüccoを経て仙台・卸町のシェアオフィス「TRUNK」アシスタント・マネジャーとなる。現在はフリーランスのデザイナーとして活動。建築/プロダクト/グラフィックなど、分野にとらわれない“ものづくり”を中心に、地域とクリエイターを結ぶ活動も展開中。